この空を羽ばたく鳥のように。




 その言葉が、私の胸に深く突き刺さる。
 胸中を引き裂かれた思いがして、寄せ合わせるように胸元を握りしめた。



 「お年寄りも、幼子もですか……?」



 ふるえる声で訊ねると、父上が頷くことなく私を見つめる。



 「か弱き者まで……戦わなければならぬのですか。
 お国のために、皆 死ななければならぬのですか……?」



 父上は冷徹におっしゃった。



 「そうじゃ。たとえ赤子であろうとも、武家に生まれたからには命を捨てねばならぬ時がある。
 お前とて、重々承知しておるだろう」



 たしかに私は、命を(なげう)つ覚悟でお城へあがった。

 生きる希望を見失わない。
 でも、絶対に死にたくないなどとは思わない。
 命を捨ててもかまわない。

 死ぬのは怖くない。
 どうせ死ぬなら、敵をひとりでも倒してから死にたい。


 けれど。


 誰かが死ぬのは見たくない。
 これ以上誰も死んでほしくない―――。



 源太がそばに寄り、執り成すかのように言う。



 「さよりお嬢さま、どうかお察しください。旦那さまも胸が塞ぐ思いは同じなのです」



 それでも納得できなくてうつむく私の耳に、かすれた声が静かに響いた。



 「……わたくしは、いつ死んでも、かまいませんよ」



 声に顔をあげると、源太に背負われたお祖母さまが穏やかに微笑む。



 「どうせ残り少ない命です。なればこの老躯(ろうく)、働けなくとも他の者の弾除けくらいにはなるでしょう」

 「お祖母さま……!」



 せつなくなって胸が締めつけられる。

 母上も、みどり姉さまも、えつ子さまも。
 皆 目元を拭って袖を濡らした。


 たとえ身体が思うように動かなくとも、死ぬならせめて何かのお役に立ってから死にたい。


 それはお祖母さまの国に殉ずる覚悟。
 お祖母さまの覚悟は、武家のものの証し。


 年は関係ないのだ。その覚悟があれば、その死は哀れに思うものではなく、(たた)えるものになる。


 そこに人としての尊厳(そんげん)と忠義が明らかになる。



 「ええ……ええ、その通りですわね、お義母さま。
 お義母さまだけを逝かせやしません。わたくしがまず盾となりましょう」



 えつ子さまは涙ぐみながらおっしゃり、こちらを振り向いた。



 「さよりさん。津川さまが仰せられたとおりです。
 今こそ、一丸となって国難に殉ずる時なのです。
 あなたの心痛や気遣いは必要ありません。
 皆、その覚悟はできておるのですから」



 えつ子さまのお言葉に、母上やみどり姉さま、そして源太が頷く。
 それを見渡すと、私も頷くしかなかった。


 胸に暗い陰が落ちてゆく。










 ※老躯(ろうく)……年老いて衰えた体。老体。

 ※尊厳(そんげん)……とうとくおごそかなこと。威厳があって冒しがたいこと。