この空を羽ばたく鳥のように。





 喜代美とのふたりきりの別れを過ごしたあと、私達は部屋を出て家人がそろう居間に向かう。

 居間にはすでに皆が集まっていて、私達を待っていた。

 上座には登城支度を調えた父上が座し、そのとなりにもうひとつ席が用意されてある。

 喜代美が頭を下げて居間に入るとその席に座り、あとに続いた私は、母上やみどり姉さまが座る下座に着いた。


 父上と喜代美の前には、それぞれ盃をのせた折敷が用意されている。
 折敷には空の盃と、勝栗・大豆・くるみ・松葉が乗せられていた。

 これは会津藩士ならば、どこの家庭でもおこなわれる出陣の儀式。

 『戦に勝って(勝栗)、豆(大豆・達者という意)で来る身(くるみ)を待つば(松葉)かり』
 という縁起をかついで、戦地へ赴く人の武運を祈るもの。

 家人全員がそろうと、父上が皆の顔を見渡しておっしゃった。



 「皆ももう耳にしたであろうが、とうとう敵が東の国境を破り、領内に侵入してきた。
 今こそ永年の恩義に報い、忠誠を尽くす時がきたのだ。みな心せよ」

 「はい」



 厳かな物言いに、緊張をみせる私達は誰ともなくごくりと息を呑む。
 とうとう怖れていたことが、現実となってしまった。



 「わしと喜代美は先に城へ入る。喜代美はすぐまた君公に従い、滝沢本陣まで出向く。
 そなたたちは家のこと一切を取りしきり、万が一敵が城下に迫ったならば、ただちに必要な物だけを持ち、城へ参るがよい」

 「かしこまりました」

 「旦那さま、私もお供いたします」



 縁側に控え、こちらもすっかり身支度を調えた源太が申し出ると、父上はうむと頷いた。


 それから父上が母上に目配せすると、それを受けて頷き返した母上が徳利を持ち上げ、父上の前に進み出た。



 「さより。お前は喜代美の盃に」

 「……はい」



 父上の仰せに静かに立ち上がると、喜代美の前に座り直す。
 そうして喜代美と向き合うと、父上の盃に注ぎ入れた徳利を母上から受け取り、彼が持ち上げた盃に清めの水を注ぐ。



 「ありがとうございます」



 喜代美は穏やかに礼を述べると、父上に顔を向けた。
 父上との目配せで同時に盃をあおる。

 すると喜代美は、なぜか空にした盃を私に差し出した。



 「さより姉上。私からも盃を差し上げたいのですが」



 ざわりと、まわりの空気がかすかに乱れる。
 息を詰めて皆が見守るなか、喜代美はただ穏やかに微笑した。










 ※折敷(おしき)……ヒノキのへぎ板で縁をつけた四角い盆。