この空を羽ばたく鳥のように。





 『はじめから自分はいなかった』。
 そんな悲しいこと言わないで。

 自身の存在を簡単に否定してしまう喜代美が、腹立たしくて、くやしくて。
 私は泣きながら怒鳴った。



 「ひどい……ひどいじゃない!こんなにもあんたのことばかり考えさせといて……!忘れたらいいなんてあんまりじゃない!」

 「申し訳ありません……」



 優しく詫びながら、喜代美はしゃくりあげる私の背中をさする。
 このぬくもりに包まれる喜びを、忘れるなんてできやしない。



 「私はぜったい忘れないんだから!すべて覚えててやるんだから……っ!」



 しばらく背中をさすっていた手が肩にまわると、ゆっくり離れて向かい合う。
 涙で濡れた私の顔を覗いて、喜代美は優しく目を細めた。



 「……ありがとうございます。私は果報者です……あなたにこれほどまでの思いをいただけるのですから。
 養子として迎えられたこと。あなたとともに過ごせたこと。心を重ねられたこと……本当に幸せでした」



 心の底から嬉しそうに言う喜代美に、泣きながら首を振る。



 「いや……そんな最後みたいなこと言わないで。
 私はあきらめたくないの。何ひとつだってあきらめたくない。
 あんたと交わした約束だってそう。たとえどんなことが起ころうとも、ともに生きる未来を信じたいの」

 「案じることはありません。あなたが覚えているかぎり、約束は消えませんよ」



 その言葉に、大きくまばたきして彼を見つめる。
 喜代美は柔らかく微笑んだ。



 「あなたが忘れなければ、約束は生き続けます。
 さすれば私は、いつかきっと約束を果たしに参りましょう」

 「……本当に?私が忘れなければ?」

 「はい」



 喜代美の迷いない微笑みに、希望が垣間見える気がした。



 (ああ……そうか)



 喜代美は……喜代美の想いは、きっと私なんかより、ずっと強くてもっと広い。
 その想いは、たとえどんな困難に直面しても、けして揺らぐことはないのだろう。

 心に宿る迷いなき想いは、もしかすると今生の苦難すべてを飛び越えるのかもしれない。

 いつかこの身が滅んだとしても、それは終わりじゃない。
 想いを抱いた魂は来世まで飛び、きっとまためぐり会える。

 お互いが強く 求めあっていれば。









 ※今生(こんじょう)……この世に生きているあいだ。現世。