この空を羽ばたく鳥のように。





 その口許に、ふっと笑みが浮かんだ。



 「すみませんが、もうひとつわがままを申してもよろしいですか?」

 「え……」



 きょとんとする私を見つめて、喜代美は照れくさそうに言った。



 「その露草色の匂い袋は、あなたが持っていてください。かわりに、あなたがいつも身につけている匂い袋を、私にいただけませんか」

 「えっ……」



 八郎さまと同じことを言われてドキッとする。



 「でも私のはいかにも女ものだし……。そんなもの見られたら、お仲間に笑われるんじゃないの」

 「かまいません。それでもあなたが身につけていたものが欲しいのです。……いけませんか?」

 「そんなことないけど……」



 なんだかドキドキしてしまう。
 ためらいながらも帯の中から、桜が刺繍された薄桃色の匂い袋を取り出し、喜代美に渡す。

 お気に入りで何年も使い込んでいたから、だいぶ色褪せてしまったものだけど。

 受け取った喜代美はうれしそうな表情で、匂い袋を鼻に近づけると目を細めた。



 「……あなたの匂いだ」



 胸が甘く締めつけられて、思わず目を閉じる。

 ――――不思議。

 どうして八郎さまと同じことを言われてるのに、こんなに感じかたが違うの?


 喜代美は軍服の内に着こんだ露草色の着物の懐に、薄桃色の匂い袋をおさめた。


 つい 匂いそのものになれたら、と思ってしまう。
 そうしていつまでも、喜代美の胸の中で薫っていられたら。喜代美を優しく包んであげられたら。



 「これでいつもあなたを感じることができる。これならどんな苦難でも乗り切れそうです。さより姉上、ありがとうございます」

 (―――あ……)



 たまらずぽろりと涙が落ちる。
 思いが溢れて、涙がとまらない。

 本当は 離れたくないの。
 本当は 行ってほしくない。

 けれどそんなこと、けして口に出してはいけない。



 「ごめ……っ、喜代美の晴れの出陣なのに。涙を見せるなんておかしいわよね、ごめんね!」



 言いながら、何度も腕で涙を拭う。

 涙は禁物なのに。
 けれどもぜんぜん止まってくれない。



 (私ってば!気丈に送り出そうって決めてたのに)



 それでも涙を止められず、嗚咽まで出始めて、とうとう顔を覆ってむせび泣いた。