この空を羽ばたく鳥のように。





 そこには同じ歌が書かれており、しかも一番はじめに書いたのか、墨はすっかり乾いている。

 喜代美が言った。



 「あなたにはこれを持っていてもらいたくて……。
 きっとあなたは、この事態にじっとしてなどおられないでしょうから。
 厚紙の短冊では、持ち歩きにくいでしょう?」



 薄紙の短冊に(したた)めた、洗練された筆跡を眺めると、そこから喜代美の決意の強さとぬくもりを感じる。

 そして歌を詠むと、自身の門出を喜ぶ喜代美の顔が浮かんで、知らず口元がほころぶ。



 「ありがとう……肌身離さず大切にするわ」



 ていねいにふたつに折りたたむと、それを懐におさめる。
 見届けた喜代美は目を細めた。



 「お礼を申すのは私のほうです。無理を申して着物を仕立て直していただき、ありがとうございました」



 喜代美が着ている軍服の襟をゆるめると、中に着込んだ露草色の着物が姿をあらわす。
 それは私が初めて喜代美に仕立てた小袖。

 華々しい門出に、喜代美は上衣が軍服、下はダンブクロに義経袴を着用していた。
 そしてその内に、露草色の小袖を着込んでいた。

 喜代美のたっての願いに応え、軍服を重ねて着れるよう、着物の袖を包袖(つつそで)に細く直し、身丈も腰のあたりまで短く切り落として仕立て直した。

 そうまでして喜代美は、私が贈った着物を着て出陣したいと強く望んでくれた。



 「私のわがままで、せっかくの着物を台無しにしてしまいましたね」



 すまなそうに言う彼に、静かに首を横に振る。



 「戦が終わって戻ってくれば、また新しい着物を仕立てるわ。だからそんなに気にしないで」



 そんなふうに言ってから、そういえばと思い出す。



 「あ……そうそう。あまった端切れで匂い袋を作ってみたの。これを持っていて」



 着物の帯に挟んでいた匂い袋を取り出す。
 露草色の小さな匂い袋。



 「その中身は……やはり菖蒲ですか?」



 喜代美の何気ない問いに面映ゆく感じながら首を振る。



 「ううん……これは私がいつも身につけている匂い袋と同じ調合よ」



 ――――八郎さまが出陣の挨拶に屋敷を訪ねられたおり、彼は私の匂い袋を所望した。

 あの時は、八郎さまと金吾さまのご武運を祈って、菖蒲の匂い袋を渡したけど。



 「これを身につけて、この香りでいつも私を感じていて。
 苦しい時も、つらい時も、私がいつもあんたを思ってること、忘れないで」



 喜代美が驚いたように目を瞠る。