もし澱んだ気持ちを、薙刀を振るうという形で浄化していなかったら、私はそれをもっと陰湿で残忍なやり方で発散していたかもしれない。
妬む相手や他人を故意に傷つけるような振る舞いに走り、人道にもとる人間に成り果てていたかもしれない。
そういえば屋敷で薙刀を振るうとき、暇を見つけてはいつも若党の源太が声をかけてくれて相手をしてくれた。
今にして思えば、私の性格をよく知る源太が心情を察して、あらぬ方向に怒りが爆発せぬよう配慮してくれていたのかもしれない。
「私が薙刀を振るうのは、人としての誇りを見失わないためでございます。
たとえ戦で火器が主流になったとしても、殿方が腰から両刀を手放さぬように、薙刀で敵に挑むは愚かなりと謗られようとも、私達が薙刀を手放さないのは、会津の女子としての矜持を示すためだからです。
そうではございませんか?竹子さま」
まっすぐ見つめて訊ねると、竹子さまも見つめ返す。
「……そこだけは、わたくしも同感です。
さあ、言いたいことはそれだけですか。
申し開きが済んだのなら、今一度 薙刀を取りなさい」
厳しい物言いで促され、今度は私も薙刀を拾いあげた。
思いは全部告げたつもりだから。
あたりは静寂に満ちている。
雨音は霧雨に変わり、さっきまでこそこそと聞こえていた話し声もやんだ。
その場にいた誰もが私達のやりとりに黙って耳をかたむけ、そのゆくえを固唾を飲んで見守っている。
ゆっくりと中段に構え、お互いの切先をぴたりと相手に向けた。
(―――迷いはない)
いつのまにか、さっきまで心に湧いた焦りや不安が嘘のように消えている。
心が、水を打ったように静まりかえる。
(むやみに攻めてばかりではいけない)
己の技量をきちんと受け止め、その中で最良の技を出す。
仕掛けてきたのは、竹子さまのほうだった。
「いやあああ――っ!」
(右から面だ)
とっさに判断すると、自然と身体が動いて防御にまわった。
薙刀で弾くと、間髪入れずに反対側から打ち込みがくる。
(今度は胴)
薙刀を立てて、それを封じる。
頭が冷静になると、今までのことが嘘だったように、竹子さまがどこを狙ってくるのかが分かった。
(攻めてばかりでは、相手の出方がわからない)
竹子さまがおっしゃりたかったのは、この事だったんだ。
※もとる……道理にそむく。反する。
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