まわりでひそひそと非難の声が飛び交うなか、私は静かに述べた。
「その者は、こう申しておりました。憎しみだけでは、事態は悪くなってゆくばかり。戦い死んでいった者達は、けして仇討ちなど望まぬはずだと。
彼らはきっと、大切に思う相手に、恨みや憎しみで身を焦がすのではなく、笑顔を絶やさず懸命に生きていってほしいのです。
そして幸せになることを何よりも願っているはずなのです。
ですから我々が仇討ちのために薙刀を振るうことは、亡くなられた方がたの本意ではないと思うのです」
以前 喜代美が言っていた言葉。
それに今、私の思いがぴったり重なる。
竹子さまが厳しく問い詰めた。
「では仇を討つでもなく、敵を打ち払うつもりもなく、何ゆえあなたは薙刀を振るうのですか」
問われて、彼女をまっすぐ見つめ返すと淀みなく答える。
「竹子さま。聡明な竹子さまなら、すでにお分かりになっているはずです。
どんなに薙刀の腕をあげようとも、強力な火器を保有する西軍と対峙したならば鎧袖一触、赤子の手を捻るくらいの容易さで我々を撃ち砕くでしょう。
お八重さまのように小銃に精通しているならまだしも、薙刀で敵を迎え撃つなど、多くの犠牲を伴うだけです。
仇討ちなどと申して、むやみに敵と対峙するような真似をさせてはなりません」
とたんに竹子さまのまなざしが険しく変わる。
「それがあなたの目論見ですか。先ほどあなたが申した決意とは、薙刀で敵に向かうは愚かな行為と皆さんに知らしめるため。
そのためにわたくしに勝負を挑み、必ず勝つと宣言したのですね」
「そうではございません」
「ごたくは結構です。さあ、早く薙刀を取りなさい!」
憤る竹子さまに促されても、私の手は動かない。
※聡明……理解力・判断力にすぐれ、かしこいこと。
※鎧袖一触……よろいの袖でちょっと触れるほどのわずかな力で、あっさりと敵を打ち負かすこと。
※精通……ある物事についてくわしく知っていること。
※目論見……もくろむこと。計画。企て。
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