すぐ支度を整えると、皆が行う基本の素振りに加わる。
薙刀を振りながら竹子さまを見つめても、彼女は気まぐれに稽古場を訪れる私なんか見て見ぬふりをする。
それでも私は適度に身体が温まってくると、皆が地稽古の前に休憩に入った時にまっすぐ竹子さまに歩み寄った。
首筋の汗を手拭いで押さえながら怪訝な顔を向ける竹子さまに、一礼をしてからここに来た目的を述べる。
「竹子さま。どうか私と勝負してください」
竹子さまは、意図がつかめないというように眉をひそめた。確認するようにゆっくり言葉を繰り返す。
「わたくしと、勝負を?」
「はい。そして今日こそ必ず勝ちます」
それを聞いた休憩中の婦人達がにわかにざわめき始める。
竹子さまは憫笑した。
「何か事あるたび稽古を休み、少しも励まぬあなたが、わたくしに勝てると思うのですか。見くびられたものですね」
私は静かに首を振る。
「勝てるなどと思いません。ですがきっと私は、この勝負に勝てぬ限り、前へ進むことができない気がするのです」
「前へ……?」
竹子さまのつぶやきに、強く頷いて返す。
――――八郎さまの訃報が届いてから、喜代美の笑顔が消え、八郎さまの本心を知った私の心も混迷していた。
その中で、喜代美は自身の進むべき道を決めた。
私達は同じ景色を見ていたはずだったのに。
いつしか喜代美は瞳に違う景色を映していた。
私だけが、それでも変わらぬ未来を信じていた。
疑うことなく、いずれ迎えるはずの幸福を待ちわびていた。
私だけが、立ち止まったままだったの。
(―――立ち止まっていたくない)
立ち止まったままでいたら、喜代美にどんどん置いてゆかれそうな気がする。
彼の背中を、見失ってしまう――――。
「本日私は、ある決意を持ってここに参りました。
その決意を揺るがないものにするために、どうしても竹子さまとお手合わせ願いたいのです。
竹子さま、どうかお願いいたします」
私は身体をふたつに折りたたむように、深く頭を下げて懇願した。
※憫笑……あわれなものだと、さげすみ笑うこと。また、その笑い。
※混迷……精神活動が停滞し、外界の刺激に反応しなくなること。また、その状態。
※懇願……心をこめて丁重にお願いすること。
.

