着替えて身支度を整えた喜代美が、挨拶のために両親の部屋へ赴くと、朝餉ができるまで、喜代美と両親はそのまま部屋で話し込んでいた。
朝餉の支度が調うと、居間に現れた三人は厳粛な様子でそれぞれの膳につく。
「皆に報告がある」
皆が膳についたあと、父上が重々しく口を開いた。
「家督の件じゃが、それはこの戦が治まるまで留め置くことにした」
報告を受けた奉公人達は、不安顔でお互いを見合わせる。
父上は渋面なお顔を私に向けた。
「喜代美は出陣して戻らぬ場合、すべてさよりに託すと申しておる。それでよいのじゃな、さより」
「はい」
父上を見つめ返して、私は頷く。
「本当にいいのね?さより」
まだ得心がいかない様子の母上も念を押す。
それにも私は頷いて返した。
「喜代美の決めたことなら異存はございません。私はそれに従います」
「さより……」
みどり姉さまが何か言いたげなまなざしを向けてくる。
姉さまはきっと、喜代美が心変わりして祝言を挙げる気になったと勘違いしていたのだろう。
父上はあきらめたように、深いため息をついた。
「……ならば藩庁に今一度申し上げねばなるまい。わしはよく熟慮せよと申したのだが」
「父上。私の意思を尊重していただき、まことにありがとうございます。感謝してもし足りませぬ。
いざ出陣の暁には、必ずや津川家の名に恥じない働きをいたします」
喜代美が父上に向き直り、心を込めて深く頭を下げると、それに目を遣り父上はおっしゃった。
「うむ。だがな喜代美。これで当主の役目を免れた訳ではないぞ。
そなたはこの津川家の養嗣子。たとえ戦場へ出ても、それをゆめゆめ忘れてはならぬ」
父上のお言葉に私も言葉を添えた。
「そうよ喜代美。祝言を挙げていなくとも、私の心はもう妻であるつもりよ。それを忘れないで」
「父上……さより姉上……」
喜代美は言葉を噛みしめるように固く目を閉じ、もう一度深く頭を下げた。
「ありがとうございます……」
顔をあげた喜代美は、穏やかな微笑をたたえていた。
※熟慮……時間をかけて十分に考えること。
※暁……念願が実現した、その時。
※養嗣子……家督相続人たるべき養子。
※ゆめゆめ……決して。断じて。
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