「あら、当たった?」
「ど、どうして……」
みどり姉さまは目を細めると、どもる私から視線をそらして喜代美が消えた方角を見つめる。
「喜代美さんの身体から、さよりの香油の匂いがしたわ。お前の使う香油は他と違うからすぐに分かった」
「あ……!」
しまった、と思った。
私がいつも髪につける香油は、匂い袋同様、自分なりに手を加えたものだった。
その香油の匂いが喜代美から香るというのは、それが移るほど長い時間密着していたことを意味する。
祝言も挙げていない若い男女が、一晩を共に過ごすなど言語道断。
しかも喜代美は、私を妻にすることを皆の前できっぱり断った身だ。
「もっ……申し訳ありません!どうか、この事は内密にして下さい!」
父上や母上に知れたら、叱られるのは必定だ。
叱られるのは怖くない。
心の赴くままにしたことだから。
けれど一晩ともに過ごしたいと私が望んだせいで、昨日両親の前で見せた喜代美の決意が軽視されるのは我慢できない。
「お願いです!みどり姉さま……!」
懇願すると、みどり姉さまはけろりとした表情で笑った。
「いいわよ」
あまりにもあっさり応じられて、こちらが面喰らってしまったほどだ。
「ほ……本当に?」
「ええ。だってそれが、お前達ふたりの出した答えなのでしょう?」
「大それたことを」と、てっきり叱られると思ったのに、みどり姉さまは明るい笑みのままだ。
「先ほどの喜代美さん、わだかまりがすっかり取れたようなお顔をして笑っていたわ。
あの子に再び笑顔が戻った。あれはさよりのおかげね」
おっしゃりながら、再びみどり姉さまは、喜代美が消えた先に面影を見つめるかのような視線を向ける。
「もし本当にあの子を見送らなければならない日が来るなら。
その日が訪れるまで、今までのように笑顔の絶えない日々を送りたいもの……」
つぶやかれたその言葉を心の中で反芻しながら、私も彼の笑顔を思い浮かべていた。
※必定……そうなると決まっていること。確かであること。
※反芻……ひとつのことを繰り返し考え、よく味わうこと。
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