喜代美が部屋を出るのを見届けると、乱れた寝巻きの襟を整える。
一晩中 喜代美に包まれていた自分を抱きしめる。
(喜代美のぬくもりが、まだ身体に残ってる……)
このぬくもりが、ずっとずっと残ればいい。
着替えて髪を整えると、井戸へ向かう。
井戸には、先に向かったはずの喜代美がまだ立っていた。
なんとなく、ふたりでいるところを誰かに見られるのは気恥ずかしく思えて、喜代美が立ち去るまで隠れて待つ。
それでも視線は、愛しい彼に向いてしまって。
房楊子で歯を磨き、顔を洗う姿についつい見とれていると、手拭いで顔を拭きながら喜代美がクシャミした。
「あら喜代美さん、風邪?」
そこへちょうど現れたみどり姉さまが、喜代美に声をかける。
「これはご無礼いたしました。みどり姉上、おはようございます」
「おはようございます」
喜代美は面映ゆい微笑をみどり姉さまに向ける。
と、何かに気づいたように、みどり姉さまが目を瞠った。
それに気づかず喜代美は手拭いを肩にかけると、みどり姉さまに軽く会釈して去っていった。
(ゆうべのせいで、風邪ひかせちゃったかな……)
そう思いつつ喜代美の姿が消えると、私もゆっくり井戸に近づき、なに食わぬ顔でみどり姉さまにあいさつする。
「みどり姉さま……おはようございます」
「ああ、さより。おはよう」
つるべを引き上げて桶に水を流し入れていたみどり姉さまは、こちらを向いてにっこり微笑む。
「顔を洗うなら、それを使っていいわよ」
「え……いいです。姉さまが汲んだ水ですもの。先に使ってください」
私が戸惑い遠慮すると、なおも勧めたりせず、姉さまは「そう」と微笑んだ。
みどり姉さまが桶を持って場所を退いてくれたので、その場に立ち、落としたつるべを引っぱり上げていると、姉さまがさりげなく声をかけてきた。
「ゆうべは喜代美さんと一緒だったようね」
「えっっ」
突然の言葉にドキッとして思わず手をゆるめる。
せっかく引き上げたつるべが、盛大な水音をたてて落下した。
真っ赤になる私を見ながら、みどり姉さまは楽しそうにふふっと笑う。
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