この空を羽ばたく鳥のように。





 喜代美がつらそうに、ゆっくりとかぶりを振る。



 「いけません……私にはそんなことできない」

 「どうして……」



 拒まれた悲しみに、涙がまた、ぽろりとこぼれる。
 そんな私を苦渋のまなざしで見つめ返すと喜代美は言った。



 「いいですか、よく聞いて下さい。
 あなたは家を存続させるための道具じゃない。
 父上の仰せだからと家のために従うのではなく、あなた自身が心から望む相手を夫に選べばよいのです」

 「何を言うの……?だからこそ私は喜代美を選ぶの。
 私が心から望むのは喜代美だもの。喜代美だけだもの。
 なのにどうして頷いてくれないの……?」



 涙で訴える私を見つめ、喜代美はつらそうな表情で固くまぶたを閉じた。



 「……ひとたび私の妻になってしまえば、あなたの(みさお)(けが)してしまう。
 もし私が戻らぬ場合、子を生しても生さなくとも、それはあなたの価値を下げることになる。
 私は、残ったあなたが夫を迎えるとき、相手に傷物を掴まされたと思われたくないのです。
 誰かに託さねばならぬのなら、清らかなままのあなたを託したい」

 「喜代美……」



 この時代、貞淑(ていしゅく)を求められる武家の女子の純潔(じゅんけつ)はとても重要で、夫以外の男性と(ちぎ)りを結ぶことは許されなかった。見つかったら死罪だ。
 また、未婚の女子が純潔を失うと傷物扱いされ、良縁に恵まれないことも確かだった。


 たとえ戦に赴いたとしても、無事帰参するならば夫婦になることになんら問題はない。
 けれど、戻ってこなかったら。

 子もなく夫まで失った女は、穢れた身体だけが残される。
 再び嫁ぐとしても、一度他の男に抱かれた女を快く受ける者がいるだろうか。

 いたとしても、形だけの妻として軽視されやしないだろうか。
 大事にしてもらえないだろうか。


 喜代美は自分が消えたあと、私がそんな境遇に立たされることを危惧(きぐ)して――――。




 だから?
 だから喜代美は、父上の言い付けを拒んだの?


 私のために?










 ※(みさお)……女性の貞操。

 ※(けが)れる……正しさ・清潔さ・神聖さなどが損なわれて、そのものがよごれる。

 ※貞淑(ていしゅく)……性的に奔放でなく上品な女性。

 ※純潔(じゅんけつ)……異性との性的経験がないこと。

 ※(ちぎ)り……肉体関係をもつこと。

 ※軽視(けいし)……価値を軽くみること。ばかにすること。

 ※危惧(きぐ)……成り行きを心配し、おそれること。