「やだ……放して!」
部屋の中でなおも抗う私を、喜代美が力ずくで引き寄せる。
その腕に抱かれると、暴れて彼の胸を叩きながらも、心地よいぬくもりに抵抗が弱まってしまう。
そのまま私達は、崩れるように膝を折った。
「……申し訳ありません」
おとなしくなって泣くだけの私を抱きしめて、喜代美は耳元で優しく謝る。
わかってる。喜代美は何もかもお見通し。
私の中のあまのじゃくだって、すぐ見抜いてしまう。
本当は いやなの。
喜代美以外の男に触れられるのは絶対にいや。
ましてやその身を受け入れるなんて、到底できない。
「だったらどうして……なんであんなこと言うの?
喜代美は私が他の男に嫁いでもかまわないの……?」
溢れる涙を拭いもせずに問うと、喜代美は抱きしめる腕に力を込める。
その心地よさにとろけてしまいそう。
ずっとこのまま離れたくない。
………なのに。
「私が他の男にこんなふうに抱きすくめられてもかまわない?
八郎さまみたいに嘘をついて、戦場に行ければそれで満足?
残される者の気持ちも考えないで」
喜代美は応えない。
抱きしめることで、都合の悪い事をごまかしてる。
「どうせ自分の忠義が果たされれば、私との約束なんて取るに足りないんでしょ」
海へ連れていってくれる約束も、
毎年一緒に鳥飴を食べることも。
これから描かれてゆく未来だって。
喜代美がいなければ、すべてが幻となって消え失せてしまう―――はかない夢。
「八郎さまの分まで私を幸せにするって言ったくせに……!
果たすつもりがないなら、最初から期待なんかさせないでよ!!」
応えてもらえないことに腹立ち罵る私に、身体を離した喜代美が叫んだ。
「この日を誰より待ち望んでいたのは、私です……!」
私の両肩を掴み、本心を覗かせる喜代美の顔が苦痛に歪む。
「私は、夫となってあなたを幸せにしたかった!
ともに年月を重ね、子を生して!
子供の成長を見守り、この家を守り繋いでゆきたかった!
そして何より、あなたと交わした幾重もの約束を果たしたかった……!」
※取るに足りない……取り上げるほどの価値がない。
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