この空を羽ばたく鳥のように。





 喜代美は申し訳ない気持ちから深く頭を下げたあと、私に視線を注いだ。
 私を見つめる喜代美のまなざしは、どこまでも深く静かだった。
 喜代美の持つあたたかで細やかな情愛を、決意という厚い氷で固めたようだった。



 「津川家の血脈を受け継ぐのは、さより姉上です。
 さより姉上には、この戦が終わりしだい、然るべき相手を婿に迎え、津川家を継いでいただきたい」

 「喜代美……」



 喜代美は家のゆくすえを託すように、私に向けたまなざしを強める。
 彼の決意に揺るぎなさを感じた父上が、怒りを抑えて深くため息をついた。



 「じゃが、八郎どの亡きいま、誠八どのの血を受け継ぐはそなたのみ。
 そなたは自身の父御の血脈を絶やしてもよいのか?」

 「実家のほうは案ずるに及びませぬ。金吾兄上が立派に継いで下さります」

 「その金吾どのとて、今は戦場に置く身じゃ。いつどうなるやも知れぬ」

 「……父上!それはあまりのおっしゃりようです」



 思わずみどり姉さまが口を挟む。
 けれど父上はそれを無視して、じっと喜代美の反応を窺う。
 喜代美は感情の(たかぶ)りも見せずに答えた。



 「心配ございませぬ。金吾兄上は、鳥羽伏見以来の連戦の中を生き抜いてこられた強者。必ずや帰参いたします。
 それに私は津川家の者です。津川家の男子として、ご先祖さまに恥じない働きをしたいのです」



 以前 喜代美は、津川家の系譜に目を通し、祖先の中に海を渡り戦功をあげた方や、不運にも改易を受けた主君に忠義立て、遠い他国まで追従された方がいたこと知り、いたく感心していた。

 津川家の男子となった自分も、その祖先に劣らない忠義心を持ち、国のため主君のために尽くしたいとひたすら願う。
 まだ十六歳の若きその心が、まわりにいた家人達の胸に切なく響く。


 喜代美はあらためて手をつかえると平身低頭した。



 「父上。喜代美のわがままをどうかお許し下さい。
 国が滅亡してしまえば、当家の繁栄とて叶わなくなります。
 私はこの命を、君恩と国難のために捧げたいのです」

 「喜代美……」



 皆が喜代美を見つめる。
 その決意に感嘆するものがあっても、家人達の思いは複雑であった。

 誰もが、戦の勝敗に、そして国の、この津川家のゆくすえに、口には出せない不安を抱えていた。










 ※平身低頭(へいしんていとう)……体をかがめ、頭を低くさげて恐れ入ること。