「喜代美。前に出なさい」


「はい」



促された喜代美が応えて前に出ると、居住まいを正して父上と向かい合う。

父上はそれを温かなまなざしで眺めたあと、厳かな口調でおっしゃった。



「本日、ようやく藩庁からお許しをいただいた。
喜代美、そなたに家督を譲ることとする。わしに代わって津川家の当主となるのだ」



その仰せに、喜代美の目が大きく瞬く。

父上も抑えきれない喜びを声に表して続けた。



「そなたはまだ年若いが、今は藩の危急の時だ。
当主として津川家を背負い、さよりを妻とするのだ。異存はないな」


「父上……」



待ち望んでいた 嬉しい報せ。

最近 誰に対しても、めっきり笑顔を見せなくなった喜代美を喜ばせるために、父上が取り計らってくれたのだろう。

家人達も、喜びの表情でお互いを見合わせる。



(とうとうこの日が来た……!)



悪い報せばかりが続くなか、舞い込んできた吉報に胸を躍らせる。


嬉しさに、頬が緩むのを抑えられない。

喜代美はと見ると、まだ驚いた表情をしているけど。

となりに座したみどり姉さまが、私の手を取って涙目になりながら、「よかったわね」と おっしゃってくれた。

私も笑顔で頷く。



「家督相続と祝言は、準備が調いしだい早めに取り行う。それでよいな」



父上が腕組みしながら気分良く母上に告げると、目頭を着物の袂でそっと押さえていた母上が笑顔で頷いた。



「はい、仰せのままに。すぐにでも手配いたしましょう」



母上の目配せに、承知とばかりに源太達がほころんだ笑顔で腰を浮かせる。

と、それを制するように、喜代美の声が響いた。



「――――お待ち下さい」