この空を羽ばたく鳥のように。





 一日の後片づけが終わると、家人達は早々と自室へ戻っていった。
 父上や喜代美はもちろんのこと、源太や弥助も仕事を終えるとさっさと自分達の長屋に下がってゆく。
 まるで、今夜は思い思いに八郎さまの死を悼もうとするかのように。



 「……私。八郎さまに、申し訳ないことをしてしまいました……」



 最後まで台所に残っていたのは、私とおたかだけ。
 (かまど)の焚き口にたまった灰を十能(じゅうのう)でかき集めながら、おたかがぽつりとこぼした。



 「私はずっと、八郎さまに嫌な態度を取っておりました……」



 誰かに許しを請うような口ぶりで、おたかは話す。



 「それは、どうして?」



 訊ねると、おたかは思い詰めた目をしてかぶりを振った。



 「私はあの方が、喜代美さまとお嬢さまの仲を()くのではと案じてしまったのです。
 今にして思えば、喜代美さまの兄上さまなのに……なんて態度を取ってしまったのでしょう。
 八郎さまはきっと屋敷に参られるたび、嫌な思いをなさったに違いありません」



 自分の行為を悔やんで、おたかはぽろぽろと涙をこぼす。
 板間で膳をしまいながら話に耳を傾けていた私は、静かに土間におりるとおたかに寄り添った。



 「大丈夫。八郎さまはちっとも怒ってらっしゃらなかったわ。お優しい方だったもの」



 背中をさすりながら慰めると、(せき)が切れたようにおたかは声をあげて泣き出した。


 この屋敷の誰もが、八郎さまに対して同じような思いを抱いていた。

 両親はともかく、喜代美と私がいずれ夫婦となり津川家を継いでゆくと信じて疑わなかった家人達にとって、
 八郎さまの出現は、津川家に混乱を招くのではないかと危惧するものだった。

 みどり姉さまをはじめ家人達は、私に会いに屋敷を訪れる八郎さまに、多かれ少なかれ冷たい態度をとっていたのだろう。

 そうして今、そのことを後悔して、それぞれが自責の念を抱いているのかもしれない。










 ※(おも)(おも)い……めいめいが自分の思い通りにするさま。

 ※十能(じゅうのう)……鉄でできた小さなスコップのようなもの。燃えかすや灰をかき出したり、熱い炭を運ぶのに使った。

 ※危惧(きぐ)……成り行きを心配し、おそれること。

 ※自責(じせき)……自分で自分の過ちを責めること。