この空を羽ばたく鳥のように。





 今年の七月二十七日の祭礼は、おさきちゃんとおゆきちゃんと三人で出かけた。

 祭礼のあいだの諏方神社は、今年も変わらぬ賑わいを見せている。
 参詣に訪れる人は町人や近郷の村人などで、その中に侍の姿を見ることはほとんどない。
 去年まであんなに賑わっていた境内の的場も、寄せ的は開催されることなく辺りはひっそりとしている。

 そんな光景に寂しさを覚えながらも、私達はいつものとおり先に参拝を済ませることにした。

 社に向かって二礼二拍手をしてから手を合わせて祈るのは、真っ先に喜代美のこと。



 (どうか、一日も早く帰ってきますように……)



 それから越後口で戦っている金吾さまと八郎さま、主水叔父さまの無事を願う。



 (早くこの戦が終わりますように。皆が無事に帰参しますように……)



 となりで手を合わせるおさきちゃんとおゆきちゃんもきっと、願うことは同じに違いない。

 そのあと露店を見てまわっても浮き立つ気持ちにはなれず、結局 私達は、誰も何も買わずに神社をあとにした。


 屋敷に戻ると、いつもより少しだけ豪華な夕餉の支度を手伝う。
 喜代美がいない屋敷では、家族も張り合いを無くしたように無口になり、まるで明かりが消えたようだった。
 祭礼の今日でさえ、はずむ会話もなく黙々と料理をこしらえている。



 ――――と、そんな時。

 源太が、息切らせて土間に駆け込んできた。



 「奥さま!お嬢さまがた!喜代美さまがお戻りになられましたよ!」



 声高に伝えられた嬉しい報せに、互いを見かわす母上や姉さまの顔がみるみる輝く。


 皆であわてて玄関へ駆けつけると、上がり(かまち)に腰掛けて(すす)ぎを終えた喜代美が、こちらに気づいて立ちあがり深々と頭を下げた。



 「母上!喜代美、ただいまお勤めから戻りましてございます!」



 そう言ってさわやかに笑う彼の笑顔は、日に焼けて少しだけたくましく見えた。










 ※()()い……働きかけただけのかいがあると感じられること。充足した反応があること。

 ※上がり(かまち)……家の上がり口にあるかまち。

 ※(すす)ぎ……足を洗うこと。また、そのための水や湯。