(では弟君は、家を守り継いでゆくことよりも、自らを捨てて兄君の仇を討つ決意をしたというの?)
まさか、ありえない。
幼い頃から、けして家名を絶やしてはならぬ、傷をつけてはならぬ、それを犯したならば御先祖さまに申し訳が立たないと、くりかえし言い聞かされて育った私には信じられない話だった。
兄君を失ったことへの怒りと憎しみで、自分の立場を忘れて自暴自棄になっているとしか思えない。
「それを知っていながら、どうしておゆきちゃんは止めようとしないの?
おさきちゃんの家は先の戦で兄君を亡くし、今また父君までも、藩の密命で水戸に赴いた際に西軍に捕らわれたと聞くわ。
弟君が跡を継がなきゃ、家が潰えてしまうかもしれないのよ?」
私の咎めるような問いかけに、おゆきちゃんは庭に向けていた視線をゆっくりこちらへ戻すと、目を伏せてふっと吐息した。
「……こんな私に、利勝さまの決意を変えさせることなど、出来やしません」
「でも……!」
「私は、」
おゆきちゃんはその風采にそぐわない、凛としたよどみのない声を発した。
「私は、何よりも利勝さまの願いが叶うことを望んでおります。
それが利勝さまの決められた道なら、たとえともに歩むことのできぬ道だとしても、利勝さまがどこまでも突き進んでゆけるよう祈っていたいのです。
私には、それくらいのことしかできませんから」
「おゆきちゃん……」
その切なる思いに、言葉がつまる。
なんということ。
彼女は大切な人が死地へ向かうのを、黙って見守るつもりなんだ。
彼の決意に心だけ寄り添い、望みが果たされることをともに願い喜ぼうとしている。
私はまじまじとおゆきちゃんを見つめた。
彼女も見つめ返して、気負うことなく微笑む。
いったい、この気弱で小さくあどけない彼女のどこから、こんな意思が湧いてくるというのか。
※風采……人の外見上のようす。
※そぐわない……似つかわしくない。ふさわしくない。
※切なる……心からの。ひたすらの。
.

