足取りが重い。なんだか帰りたくない。
いつもより早く屋敷に戻るのは、家族にも訝しく思われるだろうし、気持ちが塞いでいる姿を見られて、余計な心配をかけたくない。
(そういえば………)
たしか以前、道場の帰りにおさきちゃんと会ったおり、この近くにおゆきちゃんが住んでいると耳にしたことがあった。
(訪ねてみようかな)
まだ屋敷に戻りたくなくて、ふと思い立っておゆきちゃんの住まいがあると聞いた新町三番丁へ足を向けた。
おゆきちゃんもまた、大切な人の福良出陣を、私と同じく見送っている。
彼女も、私と同じ不安と寂しさを抱えているのではないかと感じた。
気の弱い彼女のことだ。
きっと私より、塞ぎ込んだ毎日を送っているに違いない。
そんな気持ちを持つお互いを慰め合いたいという心持ちで、私はおゆきちゃんの屋敷を探した。
新町三番丁で訪ね聞くと、おゆきちゃんの屋敷はすぐに知ることができた。
連絡なしにいきなり訪ねて大丈夫かなと思いながらも、ほつれた鬢を撫でつけて身だしなみを整えてから おとないを告げると、家僕らしいお爺さんが出てきた。
従える者もなくひとりで訪れた私に、人の良さそうな面立ちをしたお爺さんは、不思議がることもなくにこやかに応対してくれ、おゆきちゃんを呼びに外から奥へと向かった。
ほどなく姿を現したおゆきちゃんは、驚いた表情をしていた。
「これは……おさよさま」
その呼びかたに苦笑する。
おゆきちゃんもおさきちゃんを真似ているのか、私をそんなふうに呼ぶ。
彼女は、まさか私が訪ねてくるなんて思いもよらなかったという顔をしていた。
それもそのはず。だいいち私は、これまでおさきちゃんを介してしか、おゆきちゃんと会ったことがない。
こうして直接会うのは初めてのことだから、そう思われるのも もっともなことだ。
「ごめんなさい、突然。ちょっと近くまで寄ったものだから」
私が言うと、おゆきちゃんは心情を読み取られたことにはにかんで、あわてて座ると手をつかえた。
「いいえ。ようこそお越しくださりました。どうぞ お上がりください」
そう言って、彼女はひかえめに微笑んだ。
※面立ち……顔だち。容貌。
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