「何度手合わせしても同じこと。今のあなたには鋭さが感じられません。
これではいざ有事が起こっても、何のお役にも立てませんわね」
「……!」
さらに竹子さまは首をかしげて考えたあと、冷徹におっしゃった。
「どうやらあなたには、心に懸かる何かがあるように見受けられます。
その心が定まるまで稽古は無用でしょう。しばらくは道場に来てくださらなくて結構です」
「竹子さま……!」
興味を失ったかのように、竹子さまは冷たい態度で背中を向けると、稽古を中断し様子を窺っていた婦人がたに続きを促した。
「さあ、皆さんは続けてください。さよりさん、あなたはお帰りを」
冷たく響くその声に、竹子さまに見捨てられたような気がした。優子さんが憐れむ目を向けてくる。
再び騒がしくなる気合いの声を背に、私はうなだれながら静かにその場を離れると、帰り支度を整え消沈とした面持ちで道場をあとにした。
自分が なさけなかった。
喜代美の姿が見えないだけで、己がこんなにも情けないものになるなんて思いもよらなかった。
喜代美に冷たい態度をとられていた時は、こうはならなかったのに。
想いが通じあったとたん、喜代美に依存する気持ちがいっきに強まった。
頭に思い浮かぶのは、いつも喜代美のことばかり。
厳しい調練にケガなどしていないだろうか。
お腹はちゃんと満たされているだろうか。
早く会いたい。
喜代美の存在が、私の中でどんどん大きくなってゆくのを止められない。
殿方への恋慕に溺れてしまうと、こうまで弱くなってしまうものなのか。
(なんというていたらくだ……)
私は喜代美にどっぷりと甘えきっていた。
どんな私でも、喜代美はきっと大事にしてくれるに違いないと分かっていたから。
けれどあらためて自分を省みると、いつのまにか私はひとりで立てない人間になっていた。
喜代美に寄り添うのではなく、寄りかかる人間に。
そんな自身のありさまを目の当たりにして、愕然とした。
※有事……戦争や事変など、平常と変わった事件が起こること。
※冷徹……冷静に物事の本質を見とおすこと。
※消沈……気力などか衰えること。
※ていたらく……人のありさま。ようす。ざま。
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