それにね、気づいたことがあるの。
私は嫌われてなどいなかった。
うかつにも虎鉄に噛まれた私を、喜代美はひどく心配して叱ってくれた。
そして入念に手当てをしてくれ、傷痕が残らないかと案じてくれている。
「傷が痛んで、よく眠れないの。喜代美が野良犬に噛まれた時もこんなだったのね。
傷が深かったから、喜代美はもっと痛くてつらかったでしょう?
こんなつらい思いをしてたのに、私は気づきもせず心を配ることもしなかった」
きっと喜代美も今の私と同じように、誰かにそばにいてもらいたかったに違いない。
「あの時……そばについていてあげればよかった。本当にごめんなさい……」
謝って、愛おしむように傷痕の残る彼の右手を両手で包み込む。
けれどそれを拒むように、手は引っ込められた。
傷ついたまなざしを向けると、彼はうなだれるように自分の膝を見つめて、何かを思い詰めているような、つらそうな横顔をみせる。
「あなたは……なぜそんなに私を気遣うのですか。
なぜご自身のために動いて下さらなかったのですか」
「……どういうこと?」
突然 分からないことを言われて問い返す。
喜代美は苦しげな瞳をこちらに向けた。
「なぜ父上に、八郎兄のことをお話しにならなかったのですか。
早くに打ち明けておれば、兄が戦場に赴く前におふたりの仲が認められ、祝言を挙げられたかもしれない。
それなのに、あなたが動かないうちに、八郎兄は戦場へ行ってしまわれた……」
喜代美は口惜しそうに言葉を吐き出す。
私は首を振っていた。
「そんなこと出来るわけないじゃない。そしたら喜代美はどうなるのよ」
それは喜代美が譲り受けるはずの家督を、八郎さまに引き渡すのと同じことだ。
「―――そんなもの、無用の気遣いです!」
いきなり発せられた低く鋭い声に私は驚いた。
喜代美は激しくかぶりを振る。
「なぜそんなにも私を気遣うのですか!八郎兄も、あなたも!私のことなど気に留めずともよいのに……!
見切りをつけてほしくて冷たい態度をとっても、あなたは何も変わらない!」
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