喜代美は困ったように眉を寄せながら、立てた膝をしかたなく降ろす。
少し落ち着きのない動作で座り直すと、神妙な顔をして握った拳を両膝に置いた。
深沈とした部屋に、私達ふたりきり。
ほのかな明かりに映し出される喜代美は、その端麗な顔に緊張した面持ちを見せている。
私と目が合うと、居心地悪そうにうつむく。
そんな喜代美が可笑しくて愛しい。
募る想いが膨らんで、膝の上で固く握られた彼の右手に、そっと触れてみた。彼の膝がかすかに震える。
「手。見せて」
「手……ですか」
「そう。噛まれた傷痕が見たいの」
喜代美はちらりと自分の右手に視線を落とすと、私の手に引かれるままその手を差し出す。
喜代美も以前 野良犬に手を噛まれた。去年の春のことだ。
そのおり喜代美は毒がまわらぬよう、大胆にも傷口の肉を歯で噛みちぎって吐き捨てた。
一年以上経ったその傷は、皮膚を縫い合わせなかったせいか、そこだけ色が赤黒く変わり皮膚が引っ張られたようにいびつになっている。
「傷痕……残っちゃったね」
「私は男ですから。気にしません」
平然と言う喜代美の声が、少しだけ沈む。
「私より、さより姉上の傷痕が残らないかと気がかりです。本当に……申し訳ありませんでした」
そう言って、深く頭を下げる。
虎鉄のことで責任を感じているらしい。
「別に気にしないわよ」
「いいえ。よくありません」
「いいの。喜代美とおそろいだもの」
ふふっと笑ってみせると、喜代美は情けない顔をして恥ずかしそうにうつむいた。
※神妙……すなおでおとなしいこと。
※深沈……夜がふけてゆくさま。寝静まって物音もしないさま。
.

