この空を羽ばたく鳥のように。





 ………いつの間に、眠ってたんだろう。

 床に入ってからも、傷の痛みになかなか寝つけなかったのに。ふと痛む左手を誰かにさすられている気がして目を覚ました。

 薄くまぶたを開けてみると、消したはずの行灯にあかりが灯され、辺りはぼんやりと明るい。
 そして横になった私の傍らに、中庭から来たのか障子を背にした喜代美が座っていた。
 彼は私の左手を取り、包帯を巻き直してくれている。



 「き……よみ?」



 夢うつつに名を呼ぶと、目を覚ましたことに気づいた喜代美は少しだけ目を細めた。



 「夜更けに女人の部屋に入るなど、不躾な真似をして申し訳ありません……。
 ご医師からいただいた腫れ止めの薬です。やはり少し熱をもっているようですね」



 静かな心地よい声が聞こえたあと、すっと手が伸びてくる。
 額に当てられた喜代美の手は、ひんやりして気持ちいい。



 「起きたついでです、薬を飲みましょう。……身体は起こせますか?」



 「大丈夫」と 小さく答えながらもまどろんでいる私の上半身を、喜代美の腕が抱き起こしてくれる。

 まだ覚束(おぼつか)ない意識で勧められるまま薬湯を口に含むと、苦味が広がり頭がはっきりしてきた。



 「うっ。にがっ。まずっ」

 「薬とはそういうものです」



 無理やり口に流し込んだ私を、控えめに笑いながら喜代美はまた横たわらせてくれる。



 「喜代美……もしかして、屋敷に戻ってからすぐ出ていったのは、お医者さまに薬をもらうため……?」



 まだ重たいまぶたをなんとか開けながら訊くと、彼はゆっくり頷いた。



 「……ありがと」

 「いいえ。私のせいですから」



 また自分のせいにする。
 なんだかおかしくて、クスッと笑みが漏れた。



 「手当てが済みましたから、これで失礼します。
 今夜はゆるりとお休みになって下さい」



 喜代美は気恥ずかしそうにうなじを掻くと、そそくさと片膝をたてて立ち上がろうとする。
 私はそれを「待って」と 止めた。



 「もうしばらくここにいて」

 「ですが、誰かに見られでもしたら……」

 「いいから。そばにいて」



 丁寧に包帯が巻かれた左手で、喜代美の袴の裾をキュッと掴む。

 久しぶりに優しくされて、嬉しくて。
 私は喜代美に甘えていた。