この空を羽ばたく鳥のように。





 帰り道。抱き上げた虎鉄を撫でながら、喜代美はずっと無言だった。
 それでも、女の足ではどうしても遅れがちになる私をおいてゆくことはせず、つかず離れずの距離を保ちながら歩いてくれた。

 自然、傍目(はため)からは連れ立つ若い男女と映ってしまう。だから私は気が気でない。

 そもそも夫婦ならいざ知らず、同じ屋敷に住む男女がたまたま外出先で行き合ったとしても、「ならば一緒に参ろう」という訳にはいかない。

 歩く速度が違うし、それに(わきま)えた者ならば、あえて別々に帰るものだ。
 それが年頃の若い男女なら尚更のことで、いくら姉弟だといっても人目を引くのは否めない。

 それに郭内に入ってから、日新館の生徒らしき男子も幾人か見かけている。
 彼らと目が合ったから、明日喜代美が昼打ち(什の集会)で質問攻めになるのは目に見えていた。
 そうでなくとも、喜代美はすでに戸外で私と言葉を交わし、掟に違反しているというのに。


 そう思うと申し訳なくて胸が痛むのに、当の喜代美は意に介するふうもなく、平気な顔で道を歩いてゆく。
 そして時どき、言葉こそかけないが、私を気遣うように後ろを振り返る。
 私のほうが恥ずかしくて、終始うつむき加減だった。



 屋敷に戻ると、怪我をしたということで、私は忙しい夕餉の支度をまぬがれることができた。
 喜代美は帰ると、虎鉄を放してすぐにまたどこかへ出かけて行ってしまった。

 虎鉄に噛まれた傷は、日が暮れるにつれズキズキと痛んだ。

 その虎鉄は、何日かぶりのご馳走にありつけて、尻尾を上機嫌に揺らしながら餌に喰らいついている。



 「くそう、虎鉄め。いつか皮を()いで、三味線にしてやる……」



 呪いの言葉を唱えつつ、私は両親に手が痛むからと理由を述べ、夕餉もとらず早々に(とこ)へつくことにした。