胸に当てた左手にキュッと力を込める。
ズキンと痛みが刺したのは、傷口だったか胸だったか。
ためらいながらも、口を開いた。
「……私が虎鉄を探していたのは、喜代美の笑顔が見たかったからよ」
私の声に、すでに歩き始めていた喜代美が足を止める。
少しだけ顧みるそのまなざしには、翳りが見える。
私は喜代美の目をはたと見据えて言った。
翳りあるその瞳を、もう一度輝かせてほしくて。
「私は以前のように戻りたい。笑ってる喜代美を見ていたい。
だからお願い、いくらでも謝るから。私を許してよ……」
反応を窺う私ののどが、緊張でゴクリと鳴る。
喜代美はためらいがちに目を伏せた。
「許すだなんて……あなたは何も悪くありません。
悪いのは私です。私は自分が許せない。
それなのに八郎兄上やあなたは、なぜ簡単に許すのですか」
「そんなの……喜代美が大事だからに決まってるじゃない」
私の言葉に、喜代美は思い詰めたようなまなざしを向ける。
「私が大事にしたいのは、あなたと兄上の幸せです。
私がそばにいても、それを叶えてあげることはできない。
私ではダメなのです。八郎兄上でなければ……」
「喜代美……」
どうして喜代美は頑なまでに、私の心が八郎さまの許にあると考えるのだろう。
なぜ自分が私達の妨げになっていると思い込み、己を責めるのだろう。
(違うのに。そうじゃないのに)
八郎さまの心も。私の心も。
喜代美の考えるところとは、別のところにあるんだよ。
「喜代美……八郎さまは大丈夫よ。八郎さまは、ご自身を活かす道を見つけられたの。
ご挨拶のおりに見た八郎さまは、すごく晴れやかに笑っていられたわ。
部屋住みでしかない自分に、お殿さまのお役に立てる日が来たと喜んでおられた。
八郎さまの至福はそこにあるのだと、私は思ったの」
「兄上が……」
喜代美はつぶやき、西の方角に目を向ける。
会津盆地を取り囲む、夏の碧々とした穏やかな山並みは、平和そうに見えるその向こう側で、戦が各地で繰り広げられている。
盆地内に侵入させまいと、越後で今まさに必死で戦っているだろう両兄上に思いを馳せながら、寂しく佇む喜代美に私はそっと寄り添った。
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