「このぐらいの出血ならば大丈夫、これで血は止まるでしょう。ですが念のため、しばらく左手を胸に当てておいて下さい」
「こうするんですよ」と、喜代美は手当てした左手を私の胸の中心に押し当てる。
「心の臓より高く保つと、出血がおさまるんです」
ヨモギの葉をつぶして患部に当てたのも、血止めのためだ。
「……やけに詳しいのね」
「身に覚えがありますから」
喜代美は苦笑する。
「……ありがと」
お礼に応えず、彼は視線を自分の膝元にすりよる虎鉄に向けた。のどを鳴らす虎鉄の頭を撫でながら、静かに言う。
「……虎鉄を探して下さったのですね。お礼を申さなければならないのは私のほうです。
ですが、まさかこんな無茶をなさるとは……正直、肝が冷えました。
なぜ私が来るまで、待っていて下さらなかったのですか」
悲しそうなまなざしで問われると、うなだれるしかない。
喜代美が言うのは、私が木によじ登ったこと。
いくらそんなに高く登ってないと言っても、落ちて打ち所が悪ければ無傷では済まないし、しかも銀杏の木のすぐ後ろには郭内をぐるりと囲む外堀があり、ともするとその中へ落ちる可能性もあった。
それらを深く案じて、喜代美は表情を曇らせる。
私にとっては、木登りより虎鉄が懐いていなかったことが大誤算だったのだが。
「だってまさか、こんなに早く喜代美が来るなんて思ってなかったし……。虎鉄に噛まれるとも思ってなかったし……。
ところで、なんでこんなに来るのが早かったの?」
「ちょうど帰宅する途中でおたかに会ったのです。
事情を聞いてすぐこちらに向かいました」
(ああ……そっか。それで)
「……帰りましょう。歩けますか」
喜代美は虎鉄を肩に乗せて立ち上がると、私に手を差しのべる。
左手を胸に押し当てたまま、右手を差し出しその手に掴まった。
手を引かれて立ち上がると気づく。
(喜代美……また背が伸びた)
だから木に登った私に、易々と手が届いたんだわ。
最近はずっと避けられてて、となりに並ぶ機会なんてなかったから、全然気づかなかった。
(………喜代美)
許されるのならば、あなたのとなりにもう一度寄り添いたい。
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