瞬時に状況を把握した喜代美は、私の元まで駆けつけると、手に喰らいついている虎鉄を引き剥がすのではなく、伸ばした長い両腕を背後から私の腰に差し入れた。
次の瞬間、私の身体はふわりと浮く。
えっ!? と 思う間もなくいきなり抱きあげられ驚く私を、自分のもとに引き寄せ抱きとめると、そのまま膝を折り私を地面に座らせた。
緩んだ手から口を離した虎鉄が、腕から逃れて飛び出す。
左手の拇指球に食い込んでいた牙が離れて、そこから鮮血が流れ出た。
「まったくあなたは……!! いったい何をしてるんですか!!」
背後にいた喜代美は私の前にまわると、血だらけの手を取り声を荒らげた。
驚きのあまりポカンとする。
だって、今まで喜代美に叱られたことなんて一度もなかったし、ましてや彼が怒鳴るところなんて想像もつかなかったから。
それなのに喜代美は一喝されて驚く私にかまわず、血の滴る手に視線を注ぐとためらいもなくその手に口づけた。
ドキン!と心臓が飛び上がる。
いっきに熱に浮かされたように全身が熱を帯びる。
それだから、実は喜代美が、傷口から毒を吸い出してくれているのだと理解するのにしばらくかかった。
口で吸った血を、顔をそむけて吐き捨てる。
そしてまた傷口に唇を寄せる。
喜代美の伏せた長いまつげと、紅をさしたように血で赤く染まる唇に視線が釘づけになる。
私、おかしいのかもしれない。
その美しさに目が離せない。
痛みも忘れて見とれていることに気づきもせず、彼は念入りにそれを繰り返す。
唇が触れるたび、その柔らかな感触に胸が痛むほどだ。動悸が静まらない。
あらかた毒を吸い出すと、喜代美は手の甲で乱暴に唇の血を拭い、今度は近くに生えていたヨモギを見つけてその葉を毟り取ると口に含んだ。
口の中で柔らかく噛みつぶされたヨモギを指でつまんで取り出すと、それを傷口にあてがい袂から出した手拭いを丁寧に巻きつける。
(喜代美………)
怒っているはずなのに、その扱いはけしてぞんざいではない。どころか、心配そうに顔を曇らせ、とても丁寧に手当てしてくれる。
自分が野犬に噛まれた時なんか、毒がまわらぬよう無造作に傷口の肉を食いちぎったくせに、えらい違いじゃないの。
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