私は下駄を脱ぐと、素足で銀杏の幹によじのぼった。
昔とった杵柄。
私だって喜代美が来てからは大人しく控えていたが、それ以前はよくこうして木登りしたものだ。
幸いこの銀杏にはほどよい高さに太い枝があり、そこに手をかけて身体を引っ張りあげれば、難なく虎鉄が乗る細い枝に手が届いた。
虎鉄まであとわずかなところにくると、もう一度声をかける。
「ほら虎鉄、助けにきてやったわよ。こっち来なさい」
警戒しているのか、虎鉄は近づこうとしない。
それどころか低く唸り声をあげ、口を開けるとフーッと威嚇までしてくる。
きっと子ども達に激しく追い立てられ、怖さで気が昂っているのだろう。
なだめるつもりで優しく声をかけた。
「大丈夫よ。私はお前に危害を加えたりしないわ。
お前の主人が心配してる。さあ、一緒に帰ろう」
手を伸ばすと、虎鉄は後退りする。
重さで枝先がしなり、虎鉄は後ろ足を踏み外した。
「!危なっ……!」
落ちると思うと、咄嗟に身体が反応した。
可能な限り身を乗り出し、左腕を伸ばすと虎鉄の前足を素早く掴む。
ホッと安堵したのも束の間、
掴まれて仰天した虎鉄が、あろうことか掴んだ私の左手におもいっきり噛みついた。
「痛っ……!」
あまりの痛さと怒りに虎鉄を振り払おうかと思ったが、虎鉄がいた枝は堀に向かって伸びており、下手をすれば虎鉄が堀に落ちかねない。
落ちたら困ると理性が頭の隅で働き、なんとかこらえることができた。
気が動転しているのか、さらに噛みつく力を強める虎鉄を、コンチクショウと思いながら噛まれた手ごと引き寄せると、そのまま胸に抱き込むことに成功。
虎鉄落下の難を避けて息をつくと、さてこの状態で右手だけでどう木から降りようと考えていたら、背後から鋭い声が飛んできた。
「―――さより姉上!」
喜代美の声。……助かった!
振り返ると、息急ききってこちらに向かって駆けてくる喜代美の姿が目に映る。
何でこんなに来るのが早いんだろう、なんて考える余裕はない。
とにかく虎鉄を受け取ってもらおうと首だけめぐらして声をあげた。
「喜代美……!お願い、虎鉄受け取って!」
.

