「ただいま戻りました」
屋敷内に声をかけて、自室へと向かう。
風を通すため、自室の中庭に面した障子は開け放たれていた。
稽古着を包んだ風呂敷包みを、部屋の端に置かれた衣桁の下にある乱れ箱に入れる。
それからふと中庭の向こうに視線を投げた。
中庭をはさんで、やはり同じように障子を開け放した向かいの部屋で、文机の前に端座する喜代美の姿が見える。
喜代美は険しい表情で、手にした書簡に目を通していた。
その表情に、よくない報せが書かれてあるのだと瞬時に察する。
「き……喜代美、どうかした?その文……誰から?」
思わず自室から向こう側へかける声がうわずる。
私に気づいた喜代美は、手早く書簡を巻き直して文机の引き出しに片づけると、平静を装った。
「八郎兄上からの文です」
突き放すような口調ではあるけれど、ちゃんと答えてくれる。
「それで……八郎さまは何て?」
訊ねると、喜代美は目を伏せる。
「……金吾兄上が、戦で手傷を負ったと」
「えっ!? 傷の具合は!? 深いの!?」
考えたくないことばかりが頭をよぎり、重ねて問うと喜代美は控えめに笑った。
「大事ありません。傷は浅いそうです」
「そう……よかったわ!」
ホッと胸を撫で下ろした私は笑顔を見せた。
それでも喜代美の表情は暗い。
私はもうずっと、喜代美の心からの笑顔を見ていない。
「……まだ何か気がかりでも?」
遠慮がちに問いかけると、喜代美はまばたきを繰り返してこちらを見た。
「……いえ。ただ、三日前から虎鉄の姿が見当たらなくて……少し、心配しています」
「そう。わかった、探しておくわ」
私が勢い込んで頷くと、喜代美はこちらに向けた物言いたげな瞳を自分の膝に落とした。
喜代美が笑ってくれるなら、なんだってしてあげたい。
どうかこれ以上、喜代美の悲しみが増えませんように。
※乱れ箱……乱れ盆ともいう。着替えの衣服を入れておく箱。すぐに着る衣服はたたんでこの箱に入れる。
また、お客さまに着替えを渡す時にもこの箱に入れたまま渡した。
※書簡……手紙。書状。
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