この空を羽ばたく鳥のように。





 喜代美と出会ってからこのかた、私にとって薙刀を振るうことは、不満や憤りを発散させる手段でしかなかった。

 彼と心を交わすようになってからは、薙刀はとんとご無沙汰だったけど。

 けれど再び、その薙刀のご指導を竹子さまに願い出たのは、喜代美に冷たい態度をとられるのが悲しくて、他に何か打ち込めるものが欲しかったからだ。

 薙刀を選んだのはやっぱり正解だった。

 薙刀を通して竹子さまと親交でき、彼女からいろいろと学ぶことができた。
 会津の城下町しか知らなかった私には、それはどれも新鮮で興味深いものだった。
 薙刀の稽古をしている時だけ、喜代美のことを忘れることができた。

 結局私には、やっぱり薙刀(これ)しかないのねと内心苦笑しつつ、家路を急ぐ。



 夏の陽射しが弱まりはじめるこの時間、早足で歩を進める私のゆく先を、ゆったり歩いている女人がいる。
 見慣れた姿を見つけて、後ろから声をかけた。



 「おさきちゃん!」



 声をかけられたおさきちゃんが驚いたように振り向く。
 相手が私だと気づくと、彼女はすぐに頬を緩めた。



 「どうしたの?お供もつけずにこんなところで」



 私が訊ねると、おさきちゃんは苦笑する。



 「それを言うのはこっちよ。うちは連れて歩く女中なんて雇える余裕ないもの。
 そっちこそ百三十石取りのお嬢さまが、お供もつけずにどうしたの?」


 「私は薙刀の稽古よ」



 稽古着を包んだ風呂敷を掲げて見せると、ふふっと笑う。
 けれどそれに応えるおさきちゃんの表情が、心なしか(かげ)りを見せた。



 「……そう。私はおゆきちゃんのお宅へ遊びに行ってたの」



 おゆきちゃんのお屋敷は、宅稽古場がある新町二番丁のとなり、新町三番丁だと聞いた。
 おさきちゃんとおゆきちゃん、ふたりの居宅は、同じ郭外の湯川を隔てた南側と西側。
 湯川に架かる橋を越えればわりと近いせいか、ふたりはお互いの屋敷をよく往き来するのだという。