えっ、と驚いて駆け寄ると、私達の様子を窺っていたのか、喜代美が八郎さまと向かい合って立ち尽くしていた。
何か問いたげな表情で八郎さまを見つめていた喜代美が、近寄ってきた私に気づくと恥じ入るように汗顔を赤らめてうつむく。
気まずくうなだれる弟に、八郎さまは叱るでなくふっと笑った。
その肩を勢いよく叩くと、驚いて見上げた喜代美に力強い声でおっしゃる。
「俺のことなど気にするな。お前は、お前の為すべき道をゆけ」
そして晴れやかに笑うと、喜代美の頭をひと撫でして前を通り過ぎる。
遠ざかる背中に、喜代美は精一杯の思いを告げた。
「……兄上っ!どうか……どうかご自愛下さい!」
顧みることなく、八郎さまは弟の気持ちに応えるように片手だけ上げて去ってゆく。
「……どうか、ご無事で……」
消え入りそうな声でつぶやく喜代美の背中が寂しく見える。その背中を抱きしめたくなる気持ちを、精一杯こらえた。
だってそれをしたところで、きっと喜代美は拒むと思うから。
※汗顔……顔から汗を流すほど、恥ずかしく感じること。
※自愛……自分の体を大切にすること。
※顧みる……ふりむいて後ろを見る。振り返る。
.

