ドキッとして、肩が小さく震える。
八郎さまは困ったように目を細めた。
「話したいと願い出たのは、あなたにお礼を申したかったからです」
「お礼……ですか?」
多少面喰らいながらも訊ね返す。
「はい。もうお忘れでしょうが、以前この場所で、あなたは私を励ましてくれた」
「あ……」
覚えてる。あの暑い日。
日新館の前で待ち続けていた八郎さまを庭に招くと、彼は自身の先行きの不安をぽつりとこぼした。
あのおり私は、「八郎さまもきっといつかお役に立てる日が参ります」と答えた。
「大事なのは、その日のための努力を惜しまないことです」と。
「さよりどののおっしゃる通りでした。
あの言葉を信じて、私は今日まで努力して参りました。
そして今、それが報われる時が来たのです。
主君のために、わが国のために、私は一身を擲って戦って参ります」
その晴れ晴れとした曇りのない瞳と力強い声に、強く胸を打たれた。
「……ご立派です。そのお心、必ずやお殿さまに届きましょう。しっかり勤めを果たして来てください。
八郎さまならきっといいお働きができると信じております」
八郎さまはきっと、ご自身を活かす道を見つけたのだ。
主君のために、誠心誠意を尽くせる場所が見つかった。
よかったと思う。
けど、不安にも思う。
「どうかご無事で。おふたりに何かあったら、喜代美が悲しみます」
喜代美の名を出すと、八郎さまのお顔が心なしか翳る。
「喜代美は白虎隊に配属されたそうですね。
年端もゆかぬ者達を戦場に出すとは思いませんが……その前に早く勝敗を決しなければなりませんね。
でないとあなたを悲しませることになる」
「私は、八郎さまや金吾さまを失っても悲しいです」
「だから必ず帰って来てください」と 強い口調で言うと、八郎さまは微笑んだ。
「……さよりどのに、ひとつお願いがあります」
「お願い……?」
首をかしげると、八郎さまははにかむ。
「餞に、さよりどのがいつも帯に挟んでおられる匂い袋を、私に譲っていただけないでしょうか」
「―――…」
八郎さまは断られることを承知の上で懇願している。
それは私にもわかっていた。
※餞……旅立ちや門出を祝って金品・詩歌、挨拶の言葉などを贈ること。また、その贈るもの。
※懇願……心をこめて丁重にお願いすること。
.

