この空を羽ばたく鳥のように。





 「え……っ」



 ドキリとする。

 名指しされたことが恥ずかしくて、つい家族の顔を……喜代美の顔を窺う。

 皆が少し驚いた顔をして、私と八郎さまを見比べるなか、喜代美だけがつらそうに目を伏せた。

 困ったようにうつむく私に、八郎さまは熱心に声をかける。



 「少しでよいのです。ふたりきりで話がしたい。しばし時をください、お願いします」



 こうまで言われては断れない。
 まわりの目もあることだし、私はしぶしぶ頷いた。



 「……はい」







 以前そうしたように、八郎さまを中庭に(いざな)う。

 こうして会うのは久しぶり。

 去年の夏祭りの晩から、私は八郎さまと会うことも言葉を交わすこともなかった。

 私の中の喜代美への想いに気づいた八郎さまが、私を訪ねてくることをピタリとやめたから。



 きっともう八郎さまの中の私は消えたのだと、心の中で安堵していたのに。



 それなのに、いったい何のご用向きだろうと、少し身を固くする。





 ――――もしかして、私が八郎さまに心を寄せていると勘違いした喜代美が、それとなく彼に言ってしまったのだろうか。

 それを聞いたことで、消すはずだった想いの火が再び勢いづいてしまったのだろうか。



 ふたりきりになって、思い余った八郎さまにまたあの時みたいな振る舞いをされたら……。


 中庭まで来ると、八郎さまはそんな私の心情を見越したようにふっと笑った。



 「そのように警戒なさらなくとも、以前のような不埒(ふらち)な真似はいたしません。ご案じめされるな」

 「あ……はい」



 うつむいたまま もごもごと答える。
 やだ。見透かされてた。……恥ずかしい。

 向かい合うとお互い目を伏せたまま、相手の出方を窺うように沈黙する。

 話したいとおっしゃったのは八郎さまのほうなのに。
 なぜ黙ったままなんだろう。

 そう思い、ちらりと視線をあげると、
 いつのまにかこちらを見つめる八郎さまの真摯(しんし)なまなざしとぶつかった。










 ※不埒(ふらち)……道徳や法にはずれていて、けしからぬこと。ふとどき。

 ※真摯(しんし)……まじめでひたむきなこと。