私はもう一度深くお辞儀をしてから、後ろにある屋敷を目で示して名乗った。
「申し遅れました。私はこの屋敷に住む者です。津川瀬兵衞の娘、さよりと申します」
すると竹子さまは、
「さようでしたか。ご近所ですのに、ご挨拶が遅くなりましたわね。
わたくしはそこの田母神さまのお屋敷に住まわせてもらっておりますの。どうぞよろしく」
愛想笑いを浮かべるでもなく、上っ面だけの挨拶に軽く会釈をつけて、その場を過ぎ去ろうとする。
それを私は呼び止めた。
「あの、お待ちください」
足早に去ろうとする竹子さまが、怪訝そうな顔で振り向く。
「まだ 何か?」
「失礼は重々承知のうえで、竹子さまにお願いがございます。どうか私に、薙刀をご指南してはいただけないでしょうか」
「あなたに薙刀を?」
表情と同等のものを含んだ声音で竹子さまは訊ねる。
「はい。この国難に、私も何かできることをしたいのです。
この国に敵が攻めてくるのであれば、私も殿方には到底及びませぬが、薙刀の腕をもって敵を打ち払いとうございます。
ですから少しでも強くなれるよう、薙刀で名の知られた竹子さまに鍛えていただきたいのです」
まっすぐ見つめて強く訴えると、初めて彼女の眉間が緩んだ。
「まあ……なかなか勇ましいことをおっしゃるのですね」
「私はじゃじゃ馬ですから」
笑って言うと、つられたのか竹子さまの頬も少しだけ緩んだ。
「……いいでしょう。わたくしは新町にある穴澤流道場で稽古をさせていただいております。
いつでもおいでなさい。鍛えてさしあげます」
「ありがとうございます!」
お礼を言って深く頭を下げると、竹子さまは艶やかな微笑を見せたあと去っていった。
その後ろ姿を眺めながら、久しぶりに身体がうずくのを感じた。
(――――私も何かしたい)
喜代美のことや世情のことで塞ぎ込んでばかりいたくない。
でも よかった。
これで当分は打ち込むものがありそうだ。
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