中野竹子さま。
会津藩定府勘定方、中野平内さまのご息女。
耳にした話では、藩主・容保さまの義姉である照姫さまに薙刀の指南をされていた赤岡大助さまから薙刀と書を習い、薙刀の腕前は道場で師範代を勤めるほどなのだとか。
それだけでなく和歌もたしなみ、まさに文武両道に秀でた女人だとうかがっていた。
のちに赤岡さまたっての願いで養女になったそうだが、赤岡さまに甥との婚姻を勧められたため、これを嫌い中野家へ戻ったとも聞いている。
その容姿も藩内で指折りの美しさだと謳われていたが、まさにその通りだと思った。
同じ藩内の女人なのに、私達とは違う垢抜けた印象を受ける。やはり江戸で生まれ、江戸でお暮らしだったせいだろうか。
それでいて研ぎ澄まされた刃のような、冴え冴えとした気迫みたいなものも感じた。
まさに武家の女人とはこうあるべきなんだと形に表したような人。
彼女はお殿さまが江戸藩邸を引き払ったおりに、江戸から立ち退き国許会津に来た。
今は私の家から三軒先の、田母神金吾さまのお屋敷の一室を借りて、家族そろって仮寓しているという。
江戸詰めだった藩士やその家族は、急な帰郷のため屋敷が用意されておらず、国許の親戚を頼ってそこに身を寄せるしかなかったからだ。
その凛とした姿から目がそらせなくて、ついつい見惚れていると、それに気づいた竹子さまが私の目の前で止まり、こちらに向けて声をかけた。
「わたくしに何かご用ですか」
優しく訊ねるでなく、きびきびとした訛りのない江戸弁だった。
私は焦ってすぐさま頭を下げる。
「あ……っ、ぶしつけに眺めまして、大変ご無礼いたしました!あの、中野竹子さまとお見受けいたしますが……」
「いかにもさようですが、あなたは?」
答えて、竹子さまは険のある顔をなされた。
竹子さまの評判は、江戸だけでなく国許でも広く知れ渡っている。
江戸育ちの彼女は、国許の田舎者に好奇な目で見続けられて、多少うんざりしているのかもしれない。
※仮寓……仮に住むこと。
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