掴(つか)まれた手を、乱暴に払いのけた。
驚いている喜代美をまっすぐ睨(にら)む。



「……なんで泣いてるか、知りたい!? それはね、あんたのせいよ!!」


「私……?」



叩きつけた言葉に、まったく身に覚えのない喜代美は戸惑いながら視線を揺らす。



抑えきれない何かに突き動かされて、途中で言葉を止めることなどできやしなかった。



「あんたが……あんたがっ、猫の祟りが怖いだなんて情けないこと言うからっ!!

そんな臆病者を跡取りにした津川の目は節穴だって!!

父上まであんたの朋輩にバカにされたんだからっ!!」



どこにぶちまけたらいいのか分からない怒りを、泣きながら喜代美にぶつける。



これは正しいことだ。
原因は喜代美にあるのだから。

私は間違ってなんかない。



喜代美の端整な顔が、傷ついたというより驚きで固まっている。

それから何かを考え込むように、口に手を当て私から視線をそらした。



「私の仲間が、姉上にそう申し上げたのですか?」



落ち着いた声で訊ねる。

自分の情けない姿を知られても、動揺する様子は微塵(みじん)も見受けられない。


なんでそんなに冷静でいられるの!? と、こちらはさらに怒り心頭だ。



「……そうじゃないけどっ!!

日新館の前であんたと別れた生徒達が、道すがらそう話して嘲笑(わら)っていたのが聞こえたのよ!

あいつら私が津川の娘とも知らないで、外聞も憚らず大声で笑い者にしやがって!!」


「姉上。母上がご心配なされます。落ち着いて下さい」



喜代美が声をひそめて言う。

口汚く罵(ののし)る私を、穏やかではあるけども制する響きがあった。



母上に知れたら、それこそ大事(おおごと)だ。

父上の耳にも入り、ふたりを失望させ傷つけてしまう。



あわてて片手で口元を覆(おお)い、辺りの気配に耳を澄ます。

幸い誰も駆け寄ってくる様子はない。


ホッとして口元の手を緩めると、小さく息をついた。



それを見届けた喜代美が優しく目を細める。

そして高い身長を半分に折りたたむように、深く深く頭を下げた。



「姉上。彼らは悪くありません。すべてはこの喜代美が、情けない男だからいけないのです。どうかお許し下さい」