そんな八郎さまに、優しく語りかける。
「……必要とされない人なんて、どこにもおられませんよ」
私の言葉に、八郎さまが振り向いた。
「人は誰しも、誰かにとってかけがえのない存在であるものです。あなたさまはまだ、それにお気づきでないだけ」
ゆったりと告げて微笑む。
「八郎さまは、ちゃんと必要とされています。
ご両親もあなたさまを必要としておいでだから、離さず家に留めておくのです。
今は肩身のせまい思いをしていても、いつかきっとお役に立てる日が来ます。
大事なのは、その日まで人を羨んで日々を送るのではなく、その日のための努力を惜しまないことだと私は思うのです」
我ながら、たいそうなことを言ってしまったなと思った。
女子は目上の人にはもちろん、殿方に対しても生意気な口をきいてはいけないのに。
こんなこと知られたら、また母上に叱られるだろうなと、心内だけで苦笑する。
けれども八郎さまは、少しも気分を害することなく、かわりに礼の言葉を口にした。
「さよりどの……ありがとう」
喜代美とよく似た目元を柔らかく緩め、こちらを見つめる。
恥ずかしくて私はまたもやうつむいた。
「わっ、私も同じでしたから……！私も、自分にないものを持つ相手をずっと妬み羨んでまいりました。
己の存在する意味が分からず、なげやりになっていたんです」
喜代美が養子に来てから、私は自分の進む道を見失っていた。
すべてを奪われた気がして、誰からも必要とされない私は何のためにここにいるのだろうと悲しくなった。
「けれども、私は知ったのです。その相手もまた、自分にないものを求めて誰かを羨んでいることを。
私と同じく、心の中にやるせない思いを抱えて日々を送っていることを。
それが分かって………。
つらい思いをしていたのは私ひとりだけではなかったのだと、なんだか心が軽くなりました」
．
