この空を羽ばたく鳥のように。




 やはり喜代美と同じく背の高い八郎さまは、そんな桜の枝に引っかかる一合升に手を伸ばすと、それを楽々手に取り中を覗き込んだ。



 「鳥の餌ですか」



 縁側に座る私に気づいて訊ねる。



 「はい。餌を置いておくと、四季折々の鳥たちが訪れてくれます」



 私の答えに、八郎さまは口元に柔らかな微笑を浮かべた。



 「喜代美は本当に生き物が好きなんだな……。
 そういえば先達て、野犬に餌を与えようとして手を噛まれたとか。傷の塩梅(あんばい)は、その後いかがですか?」

 「はい。傷痕は残っておりますが、もうすっかり」

 「それはよかった」



 八郎さまは餌入れから手を離すと、こちらに来て縁側に腰かけた。

 麦湯を淹れた湯呑みを差し出す。
 夏の強い日射しが燦々(さんさん)と降り注ぐ道ばたで、この人はいつから私を待っていたのだろう。



 「かたじけない」



 湯呑みを受け取ると「いただきます」と 軽く頭を下げて、やはりのどが渇いていたのだろう、八郎さまは一気に飲みほした。



 「もう一杯いかがですか」



 こうなるだろうと予測して、あらかじめ二杯目をいれた急須も用意していたから、すぐさま空になった湯呑みに麦湯を注いだ。

 たいそうな不精だが、再び席を立つことを八郎さまは望まないのでは、と思ったから。



 「用意がいいですね」

 「ふふっ。ものぐさなだけです」



 つい笑みをこぼすと、八郎さまも柔らかく笑う。

 そうして湯呑みを持ち上げ、二杯目の麦湯を今度はゆっくり口に含むと、緊張を緩めて八郎さまはおっしゃった。



 「そういえば 喜代美のケガのおり、母はさよりどのにいたく感心しておりました」

 「いたくご立腹だった、の間違いではございませんか?」



 正すように訊ねると、八郎さまは軽く驚いて目を(またた)かせる。



 「何か、母が腹を立てるようなことでもなされたのですか?」



 どうやら八郎さまは、お母上から詳しいことをうかがっていないらしい。
 自ら墓穴を掘ってしまい、恥ずかしくてうつむいた。