結局その事はお茶で濁して、迎えに来たおたかに救いを得た心地で高木家をあとにする。
けれど帰り道を歩きながら、私は考え込む。
早苗さんは喜代美の想い人だ。悪く思いたくはない。
喜代美とは実家で会えるようになり、米代まで来る必要がなくなったから裁縫所を辞めたのだろうか。
たとえ当初はそんな目的であったとしても、親身になって教えてくれたお師匠さまに対して、挨拶もなしに辞めるなどあってはならないことだ。
(早苗さん……いったいどうして?)
彼女の心に思いをめぐらせながら、夏のまぶしい空を見上げた。
おたかを伴い、お城西出丸脇の大通から米代二之丁の通りを歩く。
屋敷の門をくぐろうとしたとき、向かい日新館の正門近くで佇んでいた若者がこちらに近づいてくるのに気づいた。
「あ……八郎さま」
目の前まで来られた八郎さまは、私と会えたことに安堵の笑みを見せると、無言のまま会釈する。
「どうなされましたか?喜代美をお待ちですか?」
「………」
訊ねても、八郎さまは困ったように笑うだけ。
そして辺りを窺うそぶりを見せる。
(あ……そうか。戸外で女子と言葉を交わせないんだっけ)
「どうぞ、中へ」
私が門の中へ招き入れると、八郎さまは素直に従い門をくぐる。
「どうぞ。上がって喜代美をお待ちください」
「いえ、今日は喜代美ではないのです」
私がそのまま玄関のほうへ促そうとすると、彼は片手をあげてやんわりと断り、気恥ずかしそうに視線をそらせておっしゃった。
「実は……その、さよりどのに会いたくて参りました」
「……私に!?」
驚いて、その理由を訊くことができない。
(私に会いに来られただなんて)
うつむいてどうしようか迷ったけど、付き従っていたおたかの存在を思い出し、あわてて後ろを振り返る。
おたかも喜代美のお客として八郎さまの来訪を奥へ報せようとしていただけに、足を止め困惑した表情をこちらへ向けていた。
「母上には報せなくていいわ。おたかはいいから仕事に戻って」
そう指示すると、おたかは訝りながらもしぶしぶ頷いて屋敷内へと姿を消した。
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