そんなお師匠さまに、さっそく出来あがった着物を見てもらう。横から、おさきちゃんやお八重さまも覗き込んだ。
「わあ、いいじゃない!」
最近めっきりお目が弱くなられたお師匠さまは、指先で縫い目を探り、おかしな箇所がないか隅々まで調べておられたけど、満足そうににっこりと頷いた。
「いいわね。隅までしっかり縫われてるし、よく仕上がってるわ。合格よ」
「ありがとうございます!」
よかった。お師匠さまから合格をいただけば安心だ。
着物を受け取って、私は顔をほころばせた。
おさきちゃんがつつ、と顔を寄せて訊ねてくる。
「それって、もしかして弟君に?」
「ちっ違うわよっ!これはそのっ……父上によ!」
「あら、そう。けどその色は、父君には少し派手すぎるんじゃないかしら?」
「う……」
たしかに。明るめのあざやかな露草色の着物は、どう見たって若者向けだ。
ちらりとおさきちゃんを横目で見ると、すべてお見通しよと彼女は笑った。
「だいぶ弟君と仲良くなったようねえ」
よかったよかったと大仰に頷くおさきちゃんに、あわてて人差し指を口にあてて制す。
(し~っ!そんなの早苗さんに聞かれたら……!)
「早苗さん?」
喜代美と恋仲の彼女がそんなこと聞いたら気分良い訳ない。
焦ってまわりを見渡すが、幸い彼女の姿は見当たらなかった。つい安堵の息が漏れる。
「早苗さんなら、少し前に辞めたそうよ」
「えっ、本当に!?」
おさきちゃんの言葉に私は驚いた。
お師匠さまも普段通りを装いながら、苦々しくお言葉を継ぐ。
「そうですよ。何も言わずに急に来なくなってしまったの。噂では別の裁縫所へ移ったそうよ。
そのうえ自分が辞めるだけならいざ知らず、他の教え子までそそのかして引き連れて行ったようなの。
まったく、あれだけ目をかけたというのに……口惜しいこと」
「……そうだったんですか」
まさか早苗さんがそんなことするなんて。
以前おますちゃんが「間者じゃないのかしら」なんて言っていたのを思い出す。
(あれはあながち嘘じゃなかったってこと?)
「……きっと、なにかの誤解ですよ!」
そう言ってみたものの。
確たるものがある訳ではない。
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