この空を羽ばたく鳥のように。




 五月の半ば、私は久しぶりに裁縫所へ足を運んだ。

 お花祭りに間に合わせることはできなかったけど、少しずつ縫い続けた男性用の小袖がやっと仕立て上がったので、
 おかしなところがないかお師匠さまに見てもらおうと思ったのだ。

 こんな私でもようやくひと通り仕立てられるようになったから、去年の秋から裁縫所へ通うのをやめていたけど、
 久しぶりに娘たちの集まる社交場に来ておしゃべりしたいという願望もあり、私の胸は心なしか弾んでいた。


 ――――ただ、早苗さんに会うことだけが億劫だったけど。


 高木家を訪れると、裁縫部屋によく見知った顔があった。



 「おさきちゃん」

 「あら、おさよちゃんも遊びに来たの?」



 そう言ってふふっと笑うおさきちゃんは、その器用さで私やおますちゃんよりもうんと前にお針の稽古を終えたのに、
 やっぱりこうやって、おしゃべりしに時どき遊びに来ているのだ。
 そして、おさきちゃんのとなりにもめずらしいお顔が。


 「お八重さま」


 目が合うと、彼女は気さくに声をかけてくる。


 「こんにちは。久しぶりね、おさよさん」


 砲術指南役・山本権八さまのご息女、八重さま。
 彼女もずいぶんと前に裁縫所を終えたが、やはり時どきこうして現れる。
 けれども和裁より砲術に造詣が深い彼女は、お針をしにここへ来た訳ではなかった。



 「うちの雄治がね、お八重さまのところによくお邪魔しているから。その様子をうかがいにきたの」



 おさきちゃんは笑顔で言う。
 ああ そういえば、あの生意気な弟君も砲術に熱心なのだっけ。

 ははあ。つまりおさきちゃんとお八重さまは、おしゃべりする場にこの裁縫所を選んだのね。



 「ここは遊び場でもおしゃべりの場でも、ましてやお茶を飲みに来るところでもありませんよ!」



 お師匠さまはそうおっしゃり眉間のシワを軽くよせるが、かつての教え子が自分を訪ねて来るのは嬉しいらしい。










 ※お花祭り……毎年五月四日に、松平家代々の墓所「御廟」の拝殿で歴代藩侯の御霊を奉る日。この日は身分関係なく拝殿への参拝が許された。

 ※億劫(おっくう)……めんどうで気が進まないさま。

 ※造詣(ぞうけい)……ある分野について広い知識と深い理解をもっていること。