この空を羽ばたく鳥のように。





 己の立場をわきまえず、目上の人に対して生意気な口をきくなど、しかも喜代美のご母堂相手に意見を述べるなど、
 両親の、そしてえつ子さまの逆鱗に触れることは覚悟していた。


 それでも 言わずにはいられなかった。


 おふたりのお顔が見れなくて、頭をあげられないまま沈黙が流れる。



 重苦しい空気が息を詰めさせた。
 鼓動が太鼓を打つように、早い音を繰り返す。



 「……わかりました」



 静かなえつ子さまの声が落ちてきて、思わず顔をあげると、ドキッと心臓が跳ねた。


 えつ子さまは鼻白んだように目を細めていて、その不機嫌な表情に、やっぱり怒らせたと背筋が汗ばむ。

 えつ子さまは、母上と私の顔を交互に見比べながら口を開いた。



 「どうやら、こちらさまとわたくしどものほうでは、子どもの教育の仕方にだいぶ差異があるようですね」

 「ま……まことに、申し訳ない次第ですわ」



 母上が恐縮して頭を下げる。
 それにならって、私もまた平身低頭した。


 家格でいえばこちらのほうが少し上のはずなのに、立場が逆転してしまっている。
 その原因を作ったのはまさしく私なのだから、母上に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 もしこのことが原因で、えつ子さまが喜代美を返してほしいと申し出たらどうしよう。

 もしかして私は、取り返しのつかない事をしでかしてしまったんじゃなかろうか。










 ※逆鱗(げきりん)()れる……目上の人を激しく怒らせる。

 ※平身低頭(へいしんていとう)……体をかがめ、頭を低く下げて恐れ入ること。