この空を羽ばたく鳥のように。





 母上お気に入りの、淹れたてのお茶が薫る。
 けれどもえつ子さまはそれに手をつけず、母上をひたと見つめた。



 「昨日は暖かい日でしたね。参詣もつつがなく済んで何よりですこと」



 やんわりと母上がおっしゃると、えつ子さまはつと表情を歪ませて、無駄のない所作で身体を後ろへずらすと手をつかえて深く頭を下げた。



 「卒爾(そつじ)ながらその件でございますが、この度はまことに申し訳ございませんでした……!!」



 いきなり頭を下げられて、母上は戸惑いを見せる。



 「まあ、えつ子さま……?どうぞお手をあげて下さいまし。いったい、どうなされたというのですか」



 手をつかえたまま顔をあげると、えつ子さまは思い詰めた面持ちでおっしゃった。



 「わたくしがこちらにお伺いいたしましたのは、津川家の大事な跡取りである喜代美どのにケガをさせたことをお詫び申し上げるためでございます。
 わたくしがついておりながら……まことに申し訳ございませんでした」



 やっぱり、と私は内心冷や汗をかきつつも、事のなりゆきを見守るしかない。



 母上は驚いて「まあ…」と言葉を落としたが、ほほほとゆったり笑った。



 「そんなに思い詰めないでくださいな。ケガといっても、転んでできた()り傷でございましょう。
 男子ならばその程度の傷、日常茶飯事ですよ。どうかお気になさらずに」

 「まあ……!」



 今度はえつ子さまが目を(みは)った。困惑を表したように整った顔が歪む。



 「奥さま、喜代美どののケガは擦り傷などではございません。あれは野犬に噛まれたのでございます」


 「まあ……!! それはまことでございますか!?
 けれどあの子は今朝もいつも通りに振るまい、日新館へ出かけましたのよ?」



 事実を聞かされた母上は驚愕していた。
 無理もない。擦り傷と噛み傷では話は別だ。

 そればかりか事実を知らなかったということも、喜代美を預り養育する養母としての面目が丸潰れだった。



 「さより、これはどういうことですか!」



 険しい顔で振り向いた母上に強く詰問されて、私は動揺を隠しきれない。

 えつ子さまの視線も痛い。



 ど……どうしよう。









卒爾(そつじ)ながら……突然で失礼なことと思うが。