その日の昼四ツ(午前10時)くらいだろうか。
洗濯をすべて干し終えて、さあ次は掃除でも始めるかと考えていたとき、思わぬ人が訪ねてきた。
「もし、ごめんくださいませ」
おとないを告げる声に、「はあい」と 応えて出迎えたが、私には誰だかわからない。
背の高い、武家のご婦人だった。家僕らしい小者をひとり連れている。
その佇まいは凛としていて、思い詰めたような表情がなんだかこちらまで姿勢を正さねばならないような緊張感を与えてくる。
(あれ……このお方は……)
面差しが似ている、と感じたとき、奥から姿を現した母上が、そのご婦人をひとめ見て、急ぎかしこまった様子で式台に座すると声をあげた。
「まあ……!これはえつ子さまではごさいませんか!
ようこそお越しくださいました!」
母上が丁寧に頭を下げると、ご婦人もかしこまった様子で深々とお辞儀を返す。
となりで座る私がぽかんとしていると、母上が焦ったように小声で窘めた。
「さより、お前もご挨拶なさい。このお方は喜代美さんの母君ですよ!」
(やっぱり!) と 心の中で得心しながら、私もあわてて手をつかえて挨拶する。
「おっ、お初にお目にかかります!娘のさよりでございます!」
「まあ……やはりあなたが、さよりさんでしたか」
低頭する私に降るその声は、印象とは違いとても穏やかなもので、おそるおそる顔をあげると、私を見つめる母君のまなざしは、先ほどの思い詰めたものから和らいだものへと変わっていた。
※佇まい……そのものがかもし出す雰囲気。
※面差し……顔つき。顔だち。
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