翌日。喜代美はいつもと変わらない様子で日新館へ出かけていった。
ゆうべ熱っぽかった手も、今朝触れた時はそんなでもなかった。
右手に包帯をしている以外は、いつもの喜代美だ。
―――いや。いつもの喜代美を『装っている』んじゃなかろうか。
「姉上、そんな顔をなさらないでください。眉がへの字になってます」
朝餉を終えたあと、出かける前に膿んで汚れた包帯を取り替えたとき、喜代美は柔らかく笑いながら言った。
私はずいぶんと浮かない顔をしていたようだ。
だって喜代美の傷は、そんな悠々閑々と笑っていられるような傷ではないもの。
傷はやはり膿をもっていた。腫れもだいぶ広がって手全体が赤みをおび、指も曲げづらい様子だ。筆も持てはしないだろう。
薬は効いているようだが、これで痛くないはずがない。
それでも喜代美の言葉に「んっ!?」と気づき、私は眉をつり上げる。
「それを言うなら『ハの字』でしょっ!? 私、眉毛つながってないし!!」
その反応が期待通りだったようで、喜代美は愉快そうに声をたてて笑った。
「よかった、姉上がそこに気づいてくれて。聞き流されたらどうしようかと思いました」
「気づかないはずないでしょっ!? バカ!」
「あっ……つつ。姉上、できればもう少し優しく……」
「知らないわよ!もう!!」
からかわれた腹いせに、きつく包帯を巻いて最後にバシンと叩いてやる。
痛みをこらえながら、それでも喜代美は苦笑いで礼を言い、それから日新館へと出かけていったのだった。
(……バカ喜代美)
あんないかにも “ケガしてます” って言ってるような包帯巻いて日新館に行ったら、他の生徒達に集中攻撃されるって、十分わかりきってるのに。
私だって、人づてに聞いて知ってるんだから。
とくに武芸の稽古では、相手は弱っている部分をあえて狙ってくるから、たとえ怪我を負っていたとしてもそれを気取られてはならないのだ。
喜代美の傷の場合、包帯を取っても隠しようもないから仕方なく巻いていったのだろうけど。
それでも塾の朋輩たちに何かされやしないかと、私の心配は募るばかりだった。
※悠悠閑閑……ゆったりと構えて落ち着いてるさま。
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