私の部屋に上がらせたのはいいが、部屋の中は縫いかけの着物やら裁縫道具やらで、目も当てられないありさま。
あわてて縫いかけの着物を隠し、あとの道具は適当に脇にどけて場所を作ると、そこに喜代美を座らせた。
「待ってて、今 薬を持ってくる!」
私は急いで水を入れた盥を運び、それからこっそり焼酎と膏薬と包帯を持ってきた。
喜代美の手を取り、あらためて傷口を見る。
どうやら出血はほとんど止まっているようだ。
傷は拇指球のちょうど真ん中あたり。
皮膚はやぶけ肉がのぞいてひどく痛々しい。
とりあえず水を張った盥で傷口をよく洗い、焼酎で消毒してから膏薬を塗った布を患部に当てる。
包帯を巻いているとき、黙ってされるがままになっていた喜代美が、私の顔をうかがうように静かに声をかけた。
「……姉上、さぞや驚かれたことでしょう。ご心配をおかけして本当に申し訳ありません」
私の顔色は青ざめているのだろう。
喜代美はこんな傷を負って痛いはずなのに、傷を見て肝を潰した私のほうを気遣い詫びてくれる。
そんな心遣いに胸が詰まり、張り裂けそうになる気持ちを抑えようと押し黙ると、喜代美は不思議そうに笑みを漏らした。
「なんだかめずらしいですね。姉上が理由も聞かず、叱りもしないなんて」
一瞬 動きが止まり、大きく目を瞬く。
(……言われてみれば、たしかにそうだ)
いつもの私なら、「何やってんのよ!バカ!」と 罵倒するはずだ。
それなのに、拳に巻かれたあの真っ赤な血に染まった手拭いを見たら、そんなこと頭から吹っ飛んでた。
全身が戦慄し、ただただ喜代美が心配だった。
「てっ……手当てが済んだら、理由を聞こうと思ってたのよ!」
相変わらず素直になれなくて、乱暴に包帯を巻きながら答えると、
「……悪いのは、私なのです」
いつもの穏やかな口調で、訊ねもしないのに喜代美は理由を口にした。
「野良犬に噛まれました。完全に私の油断です」
包帯に落としていた視線を上げると、喜代美は困ったようにはにかんだ。
※肝を潰す……ひどく驚く。びっくり仰天する。
※戦慄……恐ろしさのために体がふるえること。
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