もう七ツ(午後4時)ぐらいだろうか。
その時 私は、自室で着物を縫っていた。
初めて縫う、男物の小袖だ。
今までは着物を縫うとしても、女物―――つまり自分の物しか仕立てたことがなかった。
けれど私だっていずれ嫁したならば、夫の衣類を仕立てなければならないのだし、男物の練習も必要だから―――なんて、言い訳のようにつぶやきながら、針を進めてゆく。
すると、今まで部屋の隅っこで丸まって午睡をしていた虎鉄が、目を覚ましたとたん、するする動く着物の端を見兼ねてじゃれついてきた。
「こらっ虎鉄!布がほつれちゃうでしょっ!?」
あわてて着物を力任せに引き寄せると、布を押さえていた絎台が倒れそうになり、イラついた私は虎鉄をしっしっと追い払った。
部屋の中には熱したこてやひのしなど、危ないものだらけだ。
眠っているならまだしも、起きたのなら邪魔になるから外に行ってもらおうと、中庭に出る障子を少し開けてやると虎鉄は勢いよくピョンと飛び出した。
ホッとして障子を閉めようとする私の耳に、中庭に出た虎鉄の「ニャアン」と甘えた鳴き声が聞こえてくる。
次いで、虎鉄を制する低く低くささやく声。
「……しっ。虎鉄、静かに」
けれど私にはしっかりと聞こえた。喜代美のものだ。
「喜代美?戻ったの?」
閉めようとした障子をさらに開けて顔を出すと、やはりこちらに背を向けたまま立ち尽くす喜代美の姿があった。
餌をねだっているのか、その足下に摺り寄り、虎鉄がしきりと甘えた声で鳴き続ける。
けれどそんな虎鉄にも私の声にも応えず、喜代美は固まったまま振り向きもしなかった。
※見兼ねる……黙って見ていることができない。
※絎台……裁縫用具のひとつ。着物をくけるとき、布がたるまないように一端を固定する台。
※こて……火鉢などで熱して衣類の折り目つけなどに使う道具。
※ひのし……小鍋の形をした金属製の器具。中に入れた炭火の熱を利用して、衣類のシワをのばすのに使う。
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