黙りこむ私の代わりに沈黙をはぐらかすように、喜代美は空を仰いだまま言葉を切ることなく話し続ける。
「渡り鳥とはなんとも不可思議なものです。
どんなに遠く離れたところで生まれても、行くべき場所をちゃんと知っているのですから。
鳥たちは目印になるものが何もない大海原を飛ぶ時も、決して方向を見失わないといいます。
その体内に、寸分の狂いもない指針を持っているからだと」
流暢に話す喜代美の声は少し高めで、その穏やかに紡ぎ出される音が妙に耳に心地いい。
「渡り鳥の旅とは、どのようなものなのでしょうね。きっと私達には計り知れないほどの、つらく苛酷な旅なんでしょう。
それでも私は、時どき彼らが羨ましく思えて仕方ないのです」
(あ……また)
喜代美の横顔から、取り残された寂しさのようなものを感じる。
その表情を見ると、いつか彼がどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、胸の奥が苦しくなる。
心を覆う漠然とした不安を振り払うように、つい声を強めて言ってしまった。
「……そんなに羨ましいのなら、今度生まれ落ちる時は渡り鳥になればいいじゃない!」
喜代美が不思議そうにこちらを振り向く。
我ながら、馬鹿なことを言った。
今のは「だから今生は、あきらめてここにいてよ」という意味が込められていた。
いつのまにか本当に喜代美を必要としている自分に気づいて、胸の熱が顔まで上がり、口元を押さえて顔をそらす。
けれども喜代美は、得心したように明るい声をあげた。
「……なるほど!それは名案です!そうですよね!『古事記』に描かれているヤマトタケルは、大和への帰途で命を落としますが、その魂魄は白鳥に姿を変え、故郷へ飛び去ったと聞き及んでおります!
私もかの人のように、白鳥に生まれ変わればよいのですね!」
はあっ!? と 思わず見上げると、喜代美は破顔一笑して満足そうに頷いた。
※流暢……言葉がすらすらと出て、よどみないこと。
※漠然……はっきりしないさま。
※魂魄……死者のたましい。霊魂。
※聞き及ぶ……人づてに聞いて知る。
※破顔一笑……顔をほころばせて、にっこり笑うこと。
.

