この空を羽ばたく鳥のように。





 すべての白鳥の群れが北東の空へ飛び去ってゆくと、喜代美はゆっくり息を吐いて私を振り向く。



 「よかった……この景色を、さより姉上にお見せしたかったのです」



 嬉しそうに目を細める。
 私は生き物なんか興味ないってのに。


 自分が美しいと思う景色を、私に見てもらえたことに満足してる。



 『喜代美はあなたを、とてもよく慕っておるようです』



 ふと、八郎さまの言葉が思い浮かんだ。


 あれは意味なんてないのに。
 喜代美は姉である私を大事にしてくれてるだけなのに。



 「あの……、手……離して?」



 台所を連れ出された時から、ずっと握られていた手。
 いつまでも離す気配がなくて恥ずかしくなる。



 「えっ、あっ……!すっ、すみません!!」



 喜代美は今更ながらに気づいた様子で、顔を真っ赤にしてあわてて手を離した。



 先ほどまで木刀を振っていたためだろう。
 喜代美の手は、汗ばんでいてとても熱かった。

 握られていた手を見つめる。
 私の手まで、彼の汗でじわりとしている。

 汗まみれの喜代美は、以前私が嫌悪感を抱いた兄君達とまったく同じ。



 (そりゃそうだ。喜代美だってもう十五。元服すれば立派な一人前の男だ)



 それなのに……不思議と嫌悪感がない。


 なぜだろう?と、自分の手を見つめながら考えていると、喜代美もはっと気づいたように己の手を見つめ、あわててその手を着ていた稽古着に拭って頭を下げた。



 「す……すみません!素振りの途中だったもので……!あの、ご不快でしたよね!?」

 「あ、ううん!そうじゃないの!違うから気にしないで!?」



 あわてて手を振ると、喜代美は恥ずかしそうにうなじを掻きながら、白鳥の飛び去った空を再び仰いだ。



 「……は、白鳥は判別がつき易くていいですよね!大きく白いから、遠目でもすぐそれと分かる!きっと大群で海を渡る姿はとても壮麗でしょうね!」



 面映ゆいのか、調子っぱずれな声で訳の分からないことを並べ立てるから、

 いつもなら「はあ?何言ってんの!?」と 機嫌を損ねるところだけど、なんだか恥ずかしくて私は沈黙した。

 火照った頬を、まだまだ冷たい春の風が撫ぜてゆく。