ぼたもちを片づけたあと、私も夕餉の支度を手伝っていると、何かしら空が妙に騒がしいことに気づく。
何かの鳴き声が聞こえる。
甲高く「コォーッ、コォーッ」と鳴いている。
「……さより姉上!」
すると、本当に腹ごなしに剣の稽古でもしていたのか、額に汗して木刀を携えた喜代美が土間に駆け込んできた。
「喜代美?なに……?」
「いいから こちらへ!」
訊ねる言葉を遮って、喜代美は焦れたように私の手を取ると、呆気にとられる母上やみどり姉さまなどお構いなしに、急いで私を外へと連れ出す。
外に出ると、空から降り注ぐ鳴き声がいっそう強まった。
「あれをごらんください!」
喜代美にならい、空を見上げると――――。
大きく真っ白な鳥たちが、空の低いところを『へ』の字を描いて飛んでゆく姿が目に映る。
それも『へ』の字はひとつじゃない。
陽の傾き始めた薄茜の空に、その白い体を鴇色に輝かせて、いくつもの『へ』の字が私達の頭上を越えてゆく。
いくらなんでも、私だってあの鳥の名前ぐらいは知っている。
「白鳥……」
白鳥たちはお互いの位置を確認しあうように、しきりに甲高い声を交わして適度な距離を保ちつつ、みな北東の方角へと向かっていた。
白鳥が飛んでいる姿など 、今の季節めずらしくもない。
けれどこんなにたくさんの白鳥が飛翔する光景を見たのは初めてで、同じく白亜の壁を鴇色に染めたお城と相まって。
その美しさに、ため息が漏れた。
「キレイ―――」
「猪苗代湖に帰ってゆくのでしょう」
喜代美が空を見つめながら目を細めて言う。
「春になり、気候もだいぶ穏やかになりました。
もうすぐ白鳥も、遠い北の国へ帰ってゆくことでしょう」
ああ、そうか。白鳥も海を越えてやって来る冬の渡り鳥なのか。
そういえば、夏に白鳥が飛んでるところなんて見たことないな。
言われて初めて気づくほど、私は生き物すべてに関心がなかった。
「この景色も……当分は見れなくなります」
喜代美がぽつりとつぶやく。
その声が寂しさに滲んでしまうのは、この地を動けない己の身が歯痒いから?
「……次の冬に、また来てくれるわよ。そしたらまた、一緒に見よう」
なぐさめるつもりで言うと、喜代美は空を仰いだまま、言葉の代わりに繋いだ手に力を込めた。
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